人はなぜ恋をするのか

その中に、

自分の不快を知る

そんな理由もあると思います。

=嬉しい、楽しい、心地いい、好き、やりたい

不快=心地悪い、嫌い、やりたくない

悲しいや寂しいは不快に入りません。

なぜなら、悲しい寂しいも恋の醍醐味だから唇

※根拠のない解釈です笑





例えば、

褒められることって嬉しい。

大切にされることって嬉しい。

好きな人といる空間って嬉しい。

怒られたら嫌。

嫌なことされたら嫌。

赤ちゃんのときには

何をしなくても当たり前に感じた

そんな感覚は

年齢とともに

○○しないと感じることができない

に変わります。





人は人と関わる中で、

勝手に役割を自分で見出だしていきます。

子どもとしての役割。

友だちの中での役割。

会社の中での役割。

家庭の中での役割。

その役割の中で、

○○をすればを感じることができる。

○○だから不快は感じて当たり前。

自分で自分に制限をかけてしまうんですね。

それを繰り返すうちに

自分の不快を見出だすことすら苦手になり

自分の中ではを感じたいんだけど、

○○しないと感じられないから、やらない。

不快は見てみぬふり。

心は常に満足感がない状態になります。

ケイタと出会う前の私は

まさにそんな状態でした。






それを思い出せるのが恋だと思います。

誰かが存在してくれることにウキッチュー

目が合ってウキッチュー

思い出してウキッチュー

って簡単に感じられるもの!

ってなりましたもん。

そう思うと、

やっぱりケイタと出会って

恋したことには

感謝しかありません。






ただ、日々を重ねると、

そんな2人の間にも

人は役割を作り出してしまう。

だからこそ、

不快は人ありきじゃなく

自分自身の中で感じるものにしよう。

今はそう心の中で唱えながら、

自分と向き合い、

周りに伝える日々です。