死んだら人間はどうなるのかについて、人間だれしも一度は思いをめぐらしたことがあるのではないでしょうか。

良いことをしたら天国に行き、悪いことをしたら地獄に行く。はたまたすべて消えてなくなるなど多くの考え方があると思います。

私は幼稚園の頃、よくそのことについて考えており、父によくその質問をしていました。

父の世界観では「何度も輪廻転生する」そうで、それを聞くたびに人生が終わりなく無限にループすることに大きな恐怖感を抱いていました。

 

最近この話題について、瀬知洋司さんという方が触れており、大変興味深かったので紹介させていただきます。

実はこの瀬知さん、都市伝説などで頻繁に取り上げられる「小さいおじさん」が見え、なおかつ会話ができるそうで、小さなおじさんから教えてもらった教訓や世界の仕組みなどを著書やYoutubeなどで共有されています。

このことについて、僕は目に見えない世界というものが何となくあるんだろうなと感じて生きてきたので、あまり抵抗なく受け入れることができました。ただ私自身理系の研究職についており、周りの友人はこういった話を馬鹿にする傾向があるため、共有はできておりません(笑)。

 

瀬知さんは14歳のころ、団地の駐車場で初めて小さいおじさんと遭遇し、以来46年間にわたって小さいおじさんから指導を受けているそうです。

その小さいおじさんの外見は大きさが10cm程度で、全裸で生殖器がなく、キューピーちゃんのイメージに近いそうです。

本当に死ぬまでに一度見てみたいですね。めちゃめちゃビビると思いますが(笑)。

 

小さいおじさんが語るこの世の仕組みについて

早速本題ですが、おじさんによると実はこの世界はミルフィーユのように何層もの次元が存在してするそうで、地球は中の下くらいに位置しているようです。より高次元には我々よりもレベルの高いエネルギー体が存在しており、そんな宇宙がうじゃうじゃあるのだとか。

小さいおじさん自身も地球より上の階層に属するエネルギー体だそうで、観測者によって見え方は妖精になったり雲になったりもするそうです。

そして高次元には大元となる大きなエネルギーの集合体が存在し、そこから伸びてきたエネルギーが、肉体に宿り我々が生きているという、なんとも壮大な話です。我々が生まれてきた理由は、様々な経験を積みエネルギーを成長させることであり、我々の経験は大元のエネルギー体にすべてデータとして保存されるそうです。

興味深いのが、素晴らしい結果を得た時よりも、何かに熱中・集中していたり、目標に向かって努力をしているプロセスで良質なエネルギーが生まれ、エネルギーが成長していくそうです。

そして何度も輪廻転生し経験を積むことで数万年のオーダーで上の次元に上昇していくんだそう。父親が言っていたことはあながち間違ってないのかも?

 

一つ私が面白いなと思ったのは、我々とつながっている高次元のエネルギー体は感情がなく、価値観も我々と全く違うため、どれだけ我々が努力をしたとしても、学びがある方を優先してわざと最後で失敗させたりすることがあるということです。

まさに我々は大いなる存在の手の上にいるというイメージですかね。これを知った時私は、自己という存在が揺らぐような気持ちになりました。我々は自分の頭で選択して人生を歩んでいるように見えて、高次元のエネルギー体が経験すべきと判断した方向に導かれていく。これまで個体だと思っていた自分が、大いなる何かの一部として活動している。そんな気持ちになりました。

 

日々目の前のことに没頭して取り組み、ご機嫌に、親切に、ユーモアを交えて人と交流することを心掛け、すべての経験を自分が経験すべきことであると受け入れて生きていくことができれば、この世界全体の成長につながるのではないでしょうか。

「人事を尽くして天命を待つ」という言葉は、まさに真理をついた言葉だと感じました。

 

私が影響を受けた人物としてマルクスアウレリウスや老子がいます。

マルクスアウレリウスは熱心なストア派の哲学者で、常にロゴス(自然の摂理)に従うことを信念としていました。

老子も宇宙の根本にある大きな流れを「道」と呼び、その流れに身をゆだねて生きることを説いています。

西洋哲学の「ロゴス」、東洋哲学の「道」も実は高次元の大きな何かが生み出す流れを表現していたのでしょうか。
過去に生きた人々は感覚として、この存在を感じ取っていたのかもしれません。

 

こういった見えない存在を全員が信じるべきだとは全く思いません。ただ少しでも前向きになれたり、ネガティブな感情で過ごす時間が減るのであれば、心の中でひっそりと信じていればいいのかなと考えています。

 

ご興味のある方は瀬知さんのご著書をあたってみてください。

 

いつか僕の目の前にも小さなおじさんが現れるかな。