『日ノ本駄右衛門』
 
最近になって現れた四人組の賊徒の首領だ
 
腕は立つがドジなところがあり何回か捕まえかけたことがある
 
だが、いつも寸前のところで逃がしてしまう
 
今回もそうだ
 
盗っ人のくせに貧乏人に盗んだ金を全部ばらまく
 
あげくの果てに集まった町人達と歌え踊れで、まるでお祭り騒ぎだ
 
騒動を引き起こした犯罪者のはずが、いざ捕まえようとすると町人達に妨害される
 
邪魔だ!どけ!見えねぇだろ!
 
殴る蹴るのぶっ叩くでフルボッコだ
 
これではどっちが悪人だか分かりゃしない
 
同心頭の御頭にとっても取り逃がすことは屈辱的なことだと思う
 
しかし、俺達は知っている
 
御頭は悔しい顔はするのだがほんの一瞬、ニヤリと笑うのだ
 
『好敵手』
 
泥棒と役人という関係を考えるとおかしな話しだが御頭はあの泥棒を好敵手だと思っている
 
口には出さないが御頭にずっと付いてきた俺達にはわかる
 
御頭は中川家の三代目
 
由緒のある役人の家に生まれた
 
生まれたときから既に同心頭になることを宿命付けられていた
幼いときより三代目として徹底した教育を叩き込まれ、娯楽とは無縁の人生だったという
 
俺達が配属され、最初に御頭と顔を合わせたとき俺は思った
 
この人はなんて冷たい目をしているんだ
 
仕事はそつなくこなし、民の悩みの種も難無く解決していく
その姿は正に同心頭であった
 
完璧過ぎる程徹底した仕事ぶり、しかしどこか人間味が無い
 
町人達とも話しはするが事務的な感じだ
 
俺達に対しても命令をするだけで怒る叱る喜ぶ等の感情を一切出さなかった
 
もちろん私的な話しなぞ一切ない
 
つまらない人だ
 
そう言って、この小さい奉行所では異動を希望する仲間達が多かった
 
あの頃の御頭はとにかく目が冷たかった
 
仕事をしていても何をしていても目に光りがないのだ
 
灰色の目が物事の全てを霞ませている
 
悟ったような諦観したかのように
 
そんなものだから、仕事はそれなりにあるのだが何ともつまらない日常が過ぎていった
 
そんなとき
あの泥棒と御頭は出会ったのだ
 
駄右衛門一家の旗揚げは粉雪がちらつく冬の日だった
 
町人達が集まる中、悪徳代官から盗んだ全ての小判をまるで花火を打ち上げる様に屋根から盛大にばらまく
 
それを取り囲む同心達
 
御頭の冷たい声とは正反対に駄右衛門の声は活き活きと響き渡った
 
『オッサン!何か嫌なことでもあったのかい?そんな張りのねぇ顔じゃ、この短い人生楽しくないぜ』
 
『なんだと』
 
一瞬、おや?と思った
 
どんな時にも感情を出さなかった御頭に一瞬何かが見えた
 
『壇上に控えしは今宵の雪の江戸育ち、悪事千里というからはどうでぃ終いは木の空と笑って躍れりゃ本望だ!泣く子も笑う夜働き、そいつが天下の大泥棒日ノ本駄右衛門!
 
オッサン!自分を諦めんな!躍れ!踊らされるな!』
 
『!?』
 
驚き弾けるように顔を上げた御頭の目に黒々とした光り
 
逃げる駄右衛門
追う同心
 
逃げられたあと、肩で息をしている御頭の顔は、初めて仕事を失敗したのにどこか活き活きとしていた
 
それからだ
人が変わったように
怒り叱り喜ぶ
 
感情を露出するようになった
怒られてばかりの俺達には、何も言わなかったあの頃が懐かしく思える程だ
でも、おかげで御頭と人として接するようになれた
 
仕事に張りのある毎日
役人らしくなかった俺達が役人としての自分を高めていっている
 
そう考えると不思議なもんだが、あいつら泥棒のおかげなんだなとしみじみ思う
反面、いつかはあいつらを捕まえなければならない…
役人としてはあるまじき感慨を抱いてしまうのだ
 
何はともあれ
『勝太!惣一郎!行くぞ!』
『はっ!』
今じゃ江戸で一番活気のある奉行所となってしまった
びゅう、と風が吹く
いくら夏とはいえ吹きさらしの屋根の上に居続けては風邪を引いてしまう
 
隣町の奉行所の提灯も見えなくなった
『勝太!惣一郎!そろそろいくか』
『はっ!』
もう良いだろう
隣町の連中もいなくなった
森は描き終わった絵を見て一人微笑んでいる
ちらりと横目で見ると、町並みを背景に満月が描かれている
 
真ん中には月光を浴びた十文字
十文字の下の部分は何やら笑っているようだ
おそらく取り逃がした瞬間の駄右衛門なのだろうが、この光り輝く十文字は如何なものか
何と云ったか、外来の宗教を連想させられる
役人が外来の宗教はまずいだろ
森は見ている俺に気付き、ニヤリと返してくる
どうせ三人娘の末娘に渡すんだろう
毎回尺棒で小突かれてんのに妙に懐かれてる
 
興味なし、と手をひらひらと振って御頭の隣りへ移動する
森も後に続き隣りへ
隣町の役人達はもう見えない
時は来た
三人は目を合わせそして頷く
 
『誰かー!!』
『助けて~!!!』
 
高すぎる屋根の上
夏の夜に響き渡る三重奏
 
降りられなくなった俺達の哀しい男声が、笑う満月に吸い込まれていったのだった
『小江戸八百八町夢日記』
 
御用だ!御用だ!
 
役人というのは何故あぁも喧しい掛け声が必要なのか
 
掛け声をかける暇があるなら如何に捕まえるかに精力を傾けた方がいいんじゃないのか、なんて思ってしまう
 
かくいう俺も役人でこれまたお役所仕事の決まり事なのだから致し方のない
 
あの提灯はおそらく隣町の奉行所のものであろう
 
見下ろす町の中、疑問の掛け声を高らかに吠えたてている
 
町で一番高い屋敷の屋根瓦
俺達の管轄のちょうど境界線だ
 
そこで立って見る景色は何でも見通せて、雄大な気分にさせてくれる
 
月を見上げると今宵は満月だ
 
気分がいい
 
『いい月だなぁ』
 
隣りに座っている小太りの男
 
幸せそうにそう言うと、また何やらせっせと描き始めた
 
この男の名は大森勝太
しかし大森と呼ぶことを嫌う
 
体型がこれで、大森では如何にもではないか
というのが理由らしいが名前が勝太ではどのみちという気がする
 
俺が森でおまえは林、二人合わせて『森林』とは、ほのぼのしてて粋ってもんじゃないか
なぞと笑っていた
 
勝手に合わせてもらっても困るのだが
 
大森もとい森は絵描きになりたかったらしい
 
だが御家の長男に生まれ、その夢は断たれた
 
今はしがない役人である
 
そういう自分、林惣一郎も将来は物書きになろうとしていた
が同じく長男坊でその夢は断たれた
 
こちらもしがないお役所勤めである
 
『森林』なんて日光浴でもしそうな合い唱だが、似たような境遇の二人を同じ奉行所に配属させるなんて、神様ってモンも粋な計らいをして下さる
 
そんなものだから出会った当初からこの男とは気が合う仲となった
 
乗り気のしない勤めに張りができた
 
その配属された奉行所の長が月の光を真正面に受け、屋根の端に立っている
 
この場合、立ち尽くしていると言った方が良いか
 
火付盗賊改め同心頭
中川平三
 
我らが御頭である
 
代々中川家は江戸の北側、町の隅のほうにある一角の治安を任されたお奉行一家だ
 
御頭はその三代目となる
 
中央の本丸から離れたところにあるこの町は気性の荒い人々が暮らしている
女も男勝りな人間が多く、特に火消し三人娘と呼ばれるめ組の姉妹は強暴だ
 
この町の防火班である組織『め組』
 
棟梁のおやじさんとうちの御頭は幼なじみだったが五年前の冬、玉屋の火災のおりに亡くなられた
 
御頭と酒を飲みにいくと決まってこの話しがでる
 
『あいつは凄い男だったよ』
 
寂しそうにチビリとやるのだ
 
玉屋の子供が逃げ遅れたことを聞いたおやじさんは単身、火の海に飛び込んでいった
 
もう手遅れな状況で飛び込んでいったのは、自分にも子供がいるという思いからなのか
 
まだ幼い子供達が泣きながら見つめる中、おやじさんは火の粉とともに天へと昇っていった
 
当人を知らない我々にとっては、漢気のある良い話しだなぁと感心することしかりなのだが、一つ疑問がある
 
泣いてただとぉ!?
 
去年より配属された森と俺は最初にこの話しを聞いたとき、驚愕でお互いの顔を見合わせたくらいだ
今のあの三匹の鬼しか知らない我々にとって、しおらしいその顔はまさに鬼の首をとれる好機!
 
死んだおやじさんには申し訳ないが
 
何故そのとき我々はいなかったんだ!
 
せめて我々のいるときに!
飲み屋でその話しを聞くたびに森と俺は歯ぎしりしてそう愚痴りあうのである
 
だって聞いてくれよ、皆の衆!
町人のくせに我々役人を殴る蹴る、だぞ
こっちは騒動を諌めようと仕事でやってるのに邪魔だ、退けで殴る蹴るだ
 
頭にきた俺達はヤられっぱなしじゃいられない
 
ある日、ちょっと痛い目にあわせてやった
 
そしたら御頭に怒られた
 
『町の人間に本気になるんじゃない!町人は町の宝だぞ』
 
御頭にそう言われちゃ手が出せない
 
でも次の日、あいつら尺棒まで持ち出してきてのボッコボコだ
 
シヌシヌ!死んでしまうわ!
 
町会議での話し合いの結果、最近じゃ程よいところで『躍り』でケリをつけることにしている
 
平和的でいいんだが森も俺も躍りは苦手だ
 
いつも負けっぱなし
 
若者についていけない御頭に至っては気の毒に感じるほどの残念ぶりだ
 
なんで踊りで決着することに異議を起てなかったのか不思議だ
 
勝てると思ったのだろうか…
 
今じゃ俺達、踊りが始まれば
とにかくやぁってやるぜ!と
破れかぶれの力任せ
 
見ている者に憐れみを誘う役人として有名になってしまった
 
その元凶の張本人は遥か隣町の彼方へと消えている
 
これを聞きつけたとき、主は大層興味を持った
 
だが清廉潔白なる吉村家
 
入り込む余地がない
 
そしてもう一つ
筆頭の吉村貫介
 
偵察のおり対峙してしまったがあれは手強い相手だ
 
刀を抜いた瞬間、背中に鬼神が見えた
 
あのまま五太刀も交えていたら俺はもうこの世にいなかったであろう
 
何があの男をそうさせるのか
これでは一筋縄ではいかない
 
ならと、執念深い主は奪う為に策を労した
 
最近、江戸で噂の泥棒を利用するのだ
 
お上の命と偽りその場で殺すと脅して娘を奪わせる
見返りに命を助けてやるとでも言えば喜んで従うだろう
 
泥棒なぞ、その後でどうとでもできる
 
それが主の考えた今回の計画だ
 
…ふん
このガキや奪う娘、こそ泥の逝く末なぞどうでもいい
 
俺の視界にあるのは真っ黒な闇だけだ
 
いつか俺の黒すらも赤黒い闇に染まる日がくるだろう
 
その日がくるまで
 
俺は目の前の白衣を追いかけるのみ
 
障子の隙間で畳を掻きむしる指を背に
 
池の辺では白蓮の花が狂おしいほど咲き誇っていた
 
~黒~