今日という日をわすれないために。
久しぶりにブログアップしたいと思います。
一年半ぶりに実家に帰った先月の28日、数年ぶりに家族全員で再開し、親父の還暦の誕生日を祝うイベントを楽しく過ごし。元気な家族の顔がみれて東京に戻ってきたハズだったのに、昨日親父から電話がありつい一昨日に別れを告げた我が家の愛犬ナナの訃報を聞いた…
しばしの別れを告げたハズなのに永遠の別れになってしまった。
昨日仕事から家に帰って風呂に入ってたら自然に涙があふれてきた…
確かに久しぶりの再会をして随分と老化した雰囲気を出していたが母親に大型犬の自然な老化と言われそんなもんだと思っていた自分が浅はかに思えた。
当人にとっては壮絶な闘病の数ヶ月だったのだろう。しかし言葉と言うコミュニケーションの手段がない為。また皆に心配をさせない為気丈に振る舞っていたのかと考えてしまうと何も感じられなかった事に悲しくなり涙が止まらなかった…
そして運命的に他界する直前に生きている姿を遠く離れてる俺や弟に見せる為自分で死期を延ばして待っていたのではないかと考えれば考えるほど涙を拭く手は汚れていくばかりだった…
なぜなのだろう…我が実家のペット達は律儀で実直である。
今回のナナの死に悲しみの拍車をかけるのは10年以上前他界した一家の初代ペット、猫のトラの死んだ時とダブる要因があるからだ。
あのときすでにこっちにでて来ていた俺が年に一度帰るか帰らないかという低確率で俺はトラの旅立ちに立ち会えた。
なんて健気なんだろうと感じずにはいられないのだ。
心に刻み込まれたぬくもりと悲しみの両方は彼女達がいなくなったその後でも俺の心中で不変な事であり永遠である。
耳からレクイエムが離れない。。。
感じたすべての感情を胸に精一杯あいつらの分まで生きていく。
ナナ、そしてトラ。。。ぬくもりをありがとう。








原因をあれこれ考えてたのですがなかなか手が着けられず去年の引っ越し時期の寒くなるころにやはり完全にダメになってる事に気付き12月にいろいろやってみたのですが改善されず

