正しいから負けないとか、正しい者が勝つというのは幻想だ。
いや、そもそも『正しい』というのはどういう事なのかと言えば、その個人個人の幻想によるものなのだが。
その正しいという幻想によってマングースは増えているし、クジラはその数を減らしている。
それ故に、正しさとは他者にとっては『間違っている』事であり、『悪』だ。
江東区の人間が福岡で殺されたのも、そんな理由だ。
大多数の人間から見れば、被害者の方が正しいと思われるだろう。でも、加害者にしてみれば、それは間違いだ。
だから、正義を行おうとする者は間違えてはいけない。
正体を知られないように、バットマンやスパイダーマンのように正体を隠し、報復を恐れながら正義を行わなければいけない。
せっかくのネットでの匿名性も、セミナーの場所と時間を書けばバレてしまう。
そして、何より忘れてはいけない。
奈須きのこ先生の小説『Decoration Disorder Disconnection』の中で、「失う事を恐れなければ、復讐は容易いものだ。」というような事が書かれている。
加害者はこれからの人生の一部を失うだけで、復讐を成し遂げた。
しかも自首する事で、さらに刑は軽くなるだろう。
これらも全て『正しい』とされる刑法によるものだ。
こうなってくると、『正しさ』をどう使ったのか、何が『正しい』のかが、よく解らなくなってくる。