消防職員協議会発足小説「凛〜りん〜」
消防職員協議会発足小説「凛〜りん〜」の第6話です。
その前の話をお読みでない方は、こちらからご覧ください。
第1話 「プロローグ」
第2話「最初の事件①」
第3話「最初の事件②」
第4話 「静かで、世界一優しい救助法」
第5話 「救えなかった要救助者」
第5出場「公益通報①」
ほんのわずかな時間だった。
しかし、川端には目の前で起きた事態が最初に理解する事が出来なかったのか、その沈黙は果てしなく長く感じた。
「きゃぁぁっ!」
闇を切り裂くような悲痛な悲鳴が、少女の母親の口から発せられ、川端を現実に呼び戻した。
目の前に見えるのは、先ほどまで川端が命を救おうとしていた少女の無残な姿があった。
「救急隊!すぐに彼女の処置をするぞ!」
川端はとっさに救急隊に、少女の救急処置を命じた。
なんとも漠然とした命令で、具体的な指示もなく、指揮者としては的確な指示ではないと、川端も心の中で言葉を発した直後に反省した。
しかし、百戦錬磨の川端もこの時ばかりは、救急隊にそう指示を出すのが精一杯だった。
これからの対応を考える余裕はなく、まずは少女の安全を考えた。
つい先ほどまで、必死にボイスコンタクトを行い、自分の広げた世界にようやく入ろうとしてくれた少女が、目の前で横たわり、身体の四肢は大きく変形していた。
その瞬間を少女の家族も目撃してしまったことで、パニックというよりは、現実を受け入れられないまま、手で顔を覆いその場に立ちすくんでいた。
救急隊が観察と処置を続ける中、川端は心の中でひたすら祈った。
リアリズムを追求する消防官として、神頼みはあるまじき行為とも思ったが、それでも少女が生きてくれさえしてくれればよいと、心の中でひたすらに祈った。
「川端中隊長、要救助者、呼吸あり!」
救急隊長から、少女に息がある事が確認出来たと報告があった。
しかし、まだ最悪のケースを払拭することは出来なかった。
仮に命が助かったとしても、すぐに死に至る外傷を負っている可能性もあり、また、一生消えることのない後遺症が残ってしまう可能性があるのだ。
要救助者の少女は、救急隊により高エネルギー外傷と判断され、救命医療に特化した救急救命センターへ搬送された。
後日談だが、幸い一命を取り留める事が出来たが、心に消えない傷を負い、全身は多発骨折の重傷を負うことになった。
鈴森は少女の様子を見るわけでもなく、家族に懸命な説明をしていた。
「消防として万全の体制で行った結果であり、これしか方法がありませんでした。命が助かっただけでも良かったと思ってください!」
その様相は、まるで自分の行動を肯定し、必死に言い訳をしているようにも見えた。
その少女の両親は、鈴森が説明していることなど受け入れる余裕もなく、ただひたすらに娘を心配した。
その鈴森の態度と対応に、川端は腹が煮えくりかえる思いだった。
救助現場で一命を取り留めた少女とその家族を憂い、怒りを抑えたものの、帰署後も川端の怒りは収まらなかった。
どんな災害現場でも常に冷静と沈着を保つように、職場の先輩から教わってきた。部下の手前ということもあり、マグマのように溢れかえる怒りを川端はいったん抑えた。
「みんなお疲れ様。よく頑張ってくれたな。」
そう言うと、川端は自席に深く腰をかけ大きなため息をついた。
目を閉じると、先ほどの少女が闇に放り出され落ちて行く姿がスローモーションのように繰り返し瞼の裏で蘇った。
すると、1人の部下が川端に話しかけた。
「先ほどの救助事案、あれで正解だったのでしょうか…?せっかく、あそこまで要救助者を助ける努力をしたのに、結果的にあんな重傷を負わせてしまって…。私たちは助けに行ったはずなのに、逆に飛び降りることを後押ししてしまったのではないでしょうか…?」
部下の曇った顔には、明らかに指揮隊の鈴森への不信感と、目にはうっすらと涙を浮かべていた。
「正解なものか!二次災害の措置も取らず、指揮者が自ら現場であのような活動をしてしまうのであれば、我々消防隊や救助隊は要らない!」
我慢していた川端の怒りが、堰を切ったようように表面に出てしまった。
川端は部下を集め、だるまストーブを囲いながら参事ストレス対策も兼ねて部下に話しかけた。
続く…

