第五章

「お前、髪の毛染めた?」ダンボールを棚に上げながら僕は美紀に言った。

バイトの時間も後30分ほどという時、僕と美紀は倉庫の片付けを店長に命じられてた。

「へへ、気づいた?かわいいでしょ。でもヒロトさんよく気づいたねぇ。髪の毛切ってもわからない鈍感な人なのに。」美紀は髪の毛をなでながらうれしそうに言った。

「そりゃあ気づくでしょ。髪の毛ちょっとぐらい切っても解らないけど明らかに髪の色違うし。そもそも俺は鈍感じゃないって。」

「いやいや絶対鈍感!香織も言ってたよ!」

「・・まあどっちでもいいけど。早く片付けろよ。帰れなくなるだろ。」

「わかってるって。それより明日何の日かわかる?」

「・・明日?」

「明日はわたくし美紀が生まれた日なので~す!」美紀は手を上げニコニコしながら言った。

「あっそう。おめでとう。そのダンボール取って。」

「冷たいなぁ。もっと何かないわけ?じゃあ明日、誕生日会でもするか?とか、ご飯食べに行こうか?とか。」

そっけない態度の僕に美紀はダンボールを渡しながら口を尖らせた。

「お前っていつでもテンション高いよな。」

「・・・そんなことないよ。今日もおなか痛いし・・」

「えっ?腹痛いの?正露丸飲めば?」

「・・・じゃなくて・・アノ・・なの・・」

「何?」

「・・生理なの!」

美紀は 顔を赤くして走って倉庫のドアを開けこっちを振り向き「プレゼントよろしくね。」と言って倉庫から出ていった。

「はぁ・・」溜息をつき、一人残された僕は適当に片付け、外の自動販売機でジュースを買い更衣室の前にいた美紀に手渡した。

「ほら。お疲れ。」

「ありがと・・で、なんでレモンスカッシュなの?」

「酸っぱいもの飲みたくなるんじゃないの?生理って?」

「!!それは妊娠してるときでしょ!」

「あっそうだっけ?じゃあ返して。」

「ありがたく頂きます。」そう言うと美紀は缶ジュースのふたを開けた。

「それ誕生日プレゼントだから。」

「!ヒロトさんって結構セコイねー。」笑いながら美紀はレモンスカッシュを飲んでいた。

次の日僕はクロスのピアスを買い美紀に渡した。

言い知れない罪悪感を僕は美紀に対して抱いていたんだ。

無意識のうちに優しくしてしまっている僕がそこにいた。

本当はその優しさこそ一番の罪だという事に気づかぬまま。


第四章

ブーン・ブーン・・・何度もポケットから出し入れしていた僕のポケベルがやっとその時を知らせてくれた。

「イマアガッタドコニイル・サトル」

すばやく近くの公衆電話にいることを返信し悟と合流した僕は彼女のいるファーストフード店へ向かった。

「今日その子休みだったらどうする?」

「・・・・」

考えてもいなかった。しかしどっちにせよその店に行かないことには確認できないのでとりあえずお店に入ることにした。

「いらっしゃいませ。」カウンターでは綺麗な黒髪の彼女が接客中で、レジを打つ真剣なまなざしとその合間に見せる笑顔が僕の心臓をわしづかみにして離さない。悟も僕の様子でその子が彼女だということを察知した。

僕と悟はその後に並び、僕の緊張は限界に近づいていた。

「お待ちのお客様こちらでどうぞ。」別の店員が僕らに笑顔で注文を聞いてきた。

ハッとわれに返った僕は隣のレジに一歩踏み出したが悟は無言で動こうとしない。友達思いなのかただの馬鹿なのか、僕は無理やり悟を引きよせ背中を思い切りつねってやった。

オーダーをしている間も僕は彼女の事が気になりどうしても視線が向いてしまう。オーダーが終わり席につくときもカウンターの前の席を悟と隣りあわせで陣取りドリンクにストローをさした。

「三井さんって子だろ?」悟は彼女を見ながら僕に言った。

「・・・三井さんっていうの?」

「名札は三井になってたぜ。」悟は僕に得意げに言った。

緊張のせいか、彼女の顔に見とれていたのか名札を見るのを忘れてた。悟に先に彼女の名前を知られてしまった事が悔しくて仕方がなかった。

「ヒロトが一目惚れするのもわかるよ。でも絶対に彼氏いるよ。それに確実に年上だね。」

悟はまるで恋愛評論家のように淡々と僕に話し出した。

「大学生かな?3つ以上は年上やね。あんなに綺麗な人、男が絶対ほっとかないだろ。大学生って言えば毎週合コンだし。まぁ彼氏がいないにしても三井さんが年下の高校生と付き合うと思うか?今回はあきらめなさい。」

「・・・・大学って毎週合コンなの?」

僕はあたりまえのように話す悟に若干弱気になってきた。

「・・・でも、もしかして女子大かもしれないし・・・それに、ちょっと大人っぽく見えるけど実はひとつ上ぐらいかもしれないだろ。もし大学生でも結構年下が好みって場合もあるし。、大体、お前が三井さんってなれなれしく言うなよ!」

内心、悟のいう事もわからなくはないと思っていた僕は、それでもほんの少しの希望をつなげたいと必死になっていた。

「じゃあ告白する?」悟は冷静に僕にいった。

「・・・何か作戦とか、そういったものは無いの?」

「う~ん・・スマイル大作戦か・・」

「なになに?スマイル大作戦って?」僕はすがる思いで悟に尋ねた。

「まず、三井さんのカウンターに並ぶだろ。ご注文は?って聞かれたら、スマイルって言って面白い人だと思わせる。」

「・・・」

真剣に聞いていた僕がなんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。

「お前さぁ。そんなこと親父ギャグレベルだぜ。大体メニューにスマイルってファーストフード共通なの?」

「いや、ようは自分を知ってもらわないと話にならないって事だよ。」

悟はハンバーガーを食べながらうなずいていた。

「あれヒロトさんどうしたの?」美紀と香織が店に入ってきて僕らの席に座った。

「なんで隣同士で座ってるの?ちょっと気持ちわるーい。もしかして・・・」香織が僕らをひやかした。

「いや・・たまたま・・」何がたまたまなのか解らないがとりあえず三井さんの事は2人にはばれていないようだ。

そのまま2人は僕らの席に居座りいつものようにとりとめの無い話を聞かされることとなった。この後カラオケに行こうという誘いを断った僕は一人家路についた。

「三井さんか・・」

彼女の苗字がわかっただけでも一歩前進だと喜ぶ反面、悟の言葉が妙に頭から離れなかった。

「やっぱり無理かな・・・」冬の冷たい風と共にマイナス思考が僕の心に容赦なくふきつける。

まだ年上だと確定した訳でも、年下が好みじゃないかどうかも、何もわかっていない状態で、それでも自分が「あと何年早く生まれていれば」と考え、いつまでも眠りにつくことはできなかった。

その後、この恋が急速に加速していく事になろうとはこの時の僕は知る由も無かった。


第三章

僕が通う高校は一応共学ではあったが学年に女子3人しかいなくて男子校のようなものだった。一緒にアルバイトを始めた悟も同じ高校に通っていて、毎朝同じ電車で通学している。ぎゅうぎゅうの満員電車も今ではすっかり慣れ、それがあたりまえの日常となっていた。

「悟は今日バイトはいってるよな?」

「ああ。お前今日休みだったっけ?」悟はあくびをしながら眠そうに答えた。

「バイト終わってからちょっといい?話があるんだけど・・」

「なに?何かあったの?」ちょうど自分の教室に入ろうとしていた悟は立ち止まり、さっきまでの眠そうな顔から一変、話の内容を聞きたそうに僕を見た。

その時ちょうどホームルーム開始のチャイムがなり「学校帰りにまた話すから。」そう言うとお互い自分の教室に入っていった。その日の授業はいつもに増して退屈で長く感じた。

授業が終わると廊下ではもう悟が迎えに来ていた。あわてて教科書をかばんに詰め込み小走りで教室を出た僕に興味津々で悟が聞いてきた。

「で、話ってなに?」

「いや・・実は・・って言うか・・実は・・うん・・」

悟は、煮え切らない僕の次の言葉を黙って待ってくれている。

「・・・実は気になる子がいるんだけど・・」そっと悟の顔を見るとニヤついた表情で「誰?バイトの中にいる?」なんだか楽しそうに僕に聞いてくる。

「・・ほら、向かいのファーストフードの店員で・・今日バイト終わったら一緒に行ってほしいんだけど・・1人じゃなんだか変だし・・」

「誰かいたっけ?あんまり気にして店員さん見てないからなぁ。まあとにかく行こう!俺もどんな子か気になるし。・・でも今日、美紀と香織もバイトはいってんだよな。あいつらも来るんじゃない?」

「いや、とりあえず2人で行きたいし何とか撒いて来てよ。」

「わかった。バイト終わったらベル入れるから。じゃあ後でな。」

悟と別れ家に着いた僕はお気に入りの服に着替えるとバイトが終わる時間まで何回時計を見ただろう。

恋の時間は時としてゆっくりと流れ、非常にもどかしい。しかしそのもどかしさこそ恋の醍醐味であるという事に若い僕は気づいてはいなかった。

第二章

「横山さん、ありがとうございまーす」

「おう!お疲れ!明日はバイトはいってんのか?」

「はい!あしたもよろしく!」美紀は手をおでこにあて、おどけながら敬礼した。

「はいはいお疲れ。早くドア閉めろよ。俺が助手席座るんだから。それに外寒いしよ。」

美紀にそういいながら僕は後部座席から助手席に移動した。

「バシッ!」美紀がそう言い僕の頭をかばんで叩き「ベー」と舌を出して自宅の玄関まで走っていった。

「ったく。」僕はあきれた表情でゆっくり車のドアを閉めた。

玄関の前では白い息を吐きながら大きく手を振っている美紀が僕らを見送っていた。

横山さんは軽くクラクションを鳴らすと車を走らせた。

「ヒロト、お前美紀のことどう思ってるの?あいつお前に気があるだろう。」

タバコに火をつけながら横山さんは僕に問いかけた。

「どおって・・別に・・」僕は後ろを振り返り、いつまでも手を振っている美紀になんだか罪悪感を感じずにはいられなかった。

「どうする?家まで送るか?」

「海行きましょうよ!」僕はとっさにドラマで言いそうな台詞をはいた。特に海に行きたい訳でもなかったが、なんとなく1人になりたくなかったんだ。

「海って!お前、今冬だぜ。しかも男2人で?」

「いいじゃないですか。冬の海も意外といいかもしれませんよ。」

「仕方ないなぁ。缶コーヒーでもおごれよ。」ウインカーを左に出し、車は夜の海へと向かった。途中で缶コーヒーを買った僕らは、店に来るへんな客の話や横山さんの乗る20年前のワーゲンの話題で盛り上がった。横山さんは物知りで交友関係も広く会話は途絶えることはなかった。僕はファーストフード店の彼女の事を話したかったが、なんだか横山さんは僕と美紀をくっつけようとしている気がして言い出せず、そのまま家に帰った。

玄関を開けそのまま自分の部屋に入りベッドに寝転ぶとファーストフード店の彼女の事を考えていた。

「何歳だろう?年上っぽいよな。いつからあそこで働いていたんだろう?彼氏いるのかな?・・・名前・・・そういえば名札がついているはずなのに見てなかった!」

恋はその人の事をもっと知りたいという事から始まり、いろいろな妄想をするものだ。

そしてまだ始まったばかりのこの恋の、最悪の結末から考えてしまうのは自分に自信がない事の表れか、それとも後で傷つかない為の保険なのか、冬の海の波に呑み込まれたように僕はそのまま眠りについた。

第一章

あの時こうしていれば・・なんて後悔を繰り返しながら人は生きているんだ。



この時期になるとその当時はやっていたシャ乱Qのシングルベッドを無意識に口ずさんでいる自分に気づく。

「流行の歌も歌えなくて ダサイはずのこの俺・・・」

僕はまさに流行の歌も歌えないダサイ男だった。



お前と離れ 一年が過ぎ・二年が過ぎ・・・・・・・ちょうど十年が過ぎたんだ。



1994年 冬

高校2年生の僕は毎日アルバイトに明け暮れていた。すぐにいなくなる店長、僕の尊敬する先輩横山さん、一緒にアルバイトをはじめた悟、後輩の女子高生美紀と香織、いつも失敗ばかりする悦生、そして僕、ヒロトは仕事が終わるといつものファーストフード店で食事をするのが日課だった。

「また今日もベーコンレタスバーガーセットなの?飽きないの?」美紀はいつも僕の横に座り何かと話しかけてくる。

「横山さん、今日車で来てるんですよね?後でドライブ行きましょうよ。」僕は美紀の話も聞かず横山さんに話しかけた。

「ヒロトさんてばぁ!無視しないでよぉ」美紀は口を尖らせて僕の腕を引っ張った。

「じゃあ美紀も家まで送って行ってやるよ。」横山さんが美紀を気遣い言った。

「やったー。ヒロトさんは後ろに座ってよ!」ハンバーガーを持ちぴょんぴょん跳ねる美紀を見て僕はため息をついた。美紀が僕に好意を抱いているのは何となくわかってはいたが妹のように見ていた僕は少し困っていた。今のこの仲間の関係がとても居心地がよくこのままでいたいと思っていたのかもしれない。

「お待たせしました。」店員さんが遅れていた店長のハンバーガーを持ってきたた。「ご注文は以上でおそろいですか?」マニュアルどうりの接客をする店員さんに何気なく目がいった。


僕は今まで一目惚れをした事もないし、一目惚れなんてあるものかとさえ思っていたのだが真っ向から否定されたのだ。僕はその瞬間、恋に落ちたんだ。