「いつか自分の力で、自由に仕事をしたい」そう願って、勇気を持って
一歩を踏み出した女性は多いはずです。
でも、実際に事業を始めてみるとそこは「自由」という名の「孤独な決断」の連続。
思い通りにいかない不確実なことばかりで時に「こんなはずじゃなかった」と投げ出したくなる日もあるかもしれません。
いま、多くの事業家を見ていて感じる違和感があります。
それは、言葉が「資産」になる人と、
その場限りの「嘘」になってしまう人の違い。
その差を分けるのは、スキルの差でも、人脈の数でもありません。
扉を開けるときの「覚悟」と、その道を閉めるまでの「責任」。
この二つの重さです。
「覚悟」とは、最悪を飲み込む知的な勇気。
「覚悟」とは入口(決断)の時点での重さです。
それは単なる気合や勢いではなく、不確実性を受け入れ、「起きたことのすべてを自分のせいにする」と決める知的な勇気のこと。
入口の時点でこのコストを計算し損ねていると想像以上の重荷を背負わされたとき、人は「こんなはずじゃなかった」と被害者意識を抱き、途中で手を離してしまいます。
「責任」とは、出口までの持久力に対して出口(結果)に向かうまでの誠実さです。
何が起きても放り出さない、意志の持久力のこと。
厳しいようですが、途中で投げ出した瞬間にそれまで積み上げた信頼も言葉も、一気にその重みを失ってしまいます。
一度投げ出すクセがつくと、「今やり抜くことでしか得られない核心」に一生触れられないまま、表面だけをなぞるような空虚な経験だけが積み重なっていくそれが何より恐ろしいことだと思うのです。
私自身、ある目標を達成するために、この「覚悟と責任」を試される一年を過ごしたことがあります。
結果として、一年で目標まで駆け上がることができましたが、その道程は決してスマートなものではありませんでした。
枕を高くして眠れる夜などほとんどなく、頭に浮かぶのは戦略と人のことばかり。
一番苦しかったのは、自分の熱量と同じスピードで周りが動いてくれないという孤独でした。
「どうして伝わらないんだろう」と絶望しそうな時に、私を繋ぎ止めたのは、入口で決めた「覚悟」です。
「思い通りにいかない現状もこの孤独も、すべては自分がこの扉を開くと決めたからこそ訪れたもの」
そう決めてしまえば、他者への不満は、出口へ向かうための「自分の課題」へと変わりました。
「深刻さ」を手放して
「このゲーム」に夢中になる。
振り返ってみて今思うのは、私がしていたのは「無理」ではなく、「夢中」でした。
「無理」をすれば心身は削られますが、
自ら覚悟を決めて「夢中」になった時間はたとえ辛くても、終われば人生で一番の愛おしい思い出に変わります。
そして、その取り組みを「最高のゲーム」だと思えたとき、孤独もプレッシャーも「攻略すべきステージ」に変わります。
ゲームだと思えば、必要以上に深刻にならずに済みますよね。
深刻さは視野を狭くしますが、夢中(遊び心)は、新しいアイデアを運んできてくれます。
楽しいこと、ラクなことだけが幸せなのではありません。
一つのことに全てを注ぎ込み、壁を攻略し、それを自分の力で乗り越えていく。
その「プロセス自体を遊び、楽しむ」
ことが事業家としての醍醐味なのだと確信しています。
夢中になれた時間
…それが人生の宝です。
生涯でどれだけこの宝を得たか?です。
なので、
踏ん張りどきにこそ、原点に戻る。
もし今、あなたが目の前の壁に立ちすくみ、投げ出しそうな気持ちになっているのなら思い出してください。
踏ん張りどきにこそ、入口の「覚悟」と、出口の「責任」を再確認すること。
言葉に重みを宿せる人は、自分の中に「確かなもの」を積み上げていける人です。
深刻になりすぎず、この「人生という名のゲーム」を泥臭く(笑)、そして夢中に!!!
今このプロセス自体を
心から楽しんでいきましょう。
それでは、また!
