私が子供時、親に対しての大きな嘘は

小学生4年~5年までの間のことです。

 

当時、私は無理やり父からピアノを習わされていました。

父の期待に沿った形です。

 

 

さて、当時、私は京都府向日市に住んでいたのですが

ここから、京都市左京区の岡崎公園に近くにある、

京都芸大(音大)の付属音楽教室に

毎週、土曜日の午後、小学校授業が終わってから通っていました。

 

 

阪急電車と市バスを乗り継いで、片道1時間30分程。

音楽は親にやらされていた、無理に習わされていた感があり

教室に行っても女の子ばかり、何も楽しくない。

 

 

 

結局は、向日市から京都市の四条河原町まで阪急電車で行き

百貨店の上の屋上でゲームをして遊んで、時間を潰していました。

 

 

ほとんど音楽教室には出席することなく、遊んでいた。

これが親についていた一番の嘘かな。

 

 

仕方ないと思います。

 

誰も好きで、ピアノを習わしてくれといったのではなく、

音楽教室に通わして欲しいと頼んだわけではありません。

 

父親の趣味かエゴで習っていたわけですから。

私からしてみたら、早くやめたかった。

 

 

その後、偶然、やめることが出来た、転機が起きたのですが・・・。

 

 

私が小学生時は、土曜日も昼まで授業。

習い事は、ピアノ、音楽教室、水泳、習字、ソロバン、塾。

何もプラスになっていませんが・・・。

 

 

親は子供に習い事をはじめさせる、継続させる時は

常に子供の気持ちを確認することが大切ですね。

無理やり習わせないことです。

 

子供の後の性格、人生に問題が生じます。

 

無理やり習い事をさせると

親は授業料という名目でお金を失い

子供は子供として生きる時間を失う

アダルトチルドレン、機能不全家族の中、成長して、今もその影響の生き辛さを抱えている人々。

 

さて、機能不全家族は、親子関係の問題から生じます。

 

それでは、今、成長したアダルトチルドレンが、その生き辛さの責任を全て、親の責任として良いのでしょうか?

 

 

 

私はアダルトチルドレンの問題はすべて親の責任としても何の問題はないと考えます。

 

 

しかし、アダルトチルドレンである自分の問題をすべて親の責任として、問題の解決につながるかどうかです。

 

すべてを親の責任としてもそこから得られるのは、親に対する怒り、憎しみ、怨念等、これも生き辛さの原因となるものばかりです。

 

 

一旦はアダルトチルドレンの問題の全責任を、親の責任としてもいいのですが、その後は自分の問題になります。

 

 

親の未熟な子育てによって辛さを抱えたとしても、今度はそれらの問題を、自分の問題として取り組まなければならないのです。

 

ここがアダルトチルドレンの一番しんどいところです。

 

 

 

自分が望まないのに他者(親)の影響で生き辛さの原因と問題を抱え、それを今度は自分の問題として、自分の責任で問題を解決しなければならないのですから。

でも、問題の解決に取り組まなければ、いつまでも親の呪縛のなか生きることになります。

 

 

すべてを自分が受け入れ自分の人生の問題として解決していくしか道はないのです。

 

人生どれだれ辛いことでも必ず意味があります。

 

また、問題や辛さを克服した時には、新しい生きるための力を手にすることが出来るのです。

 

 

 

運営サイト 心理オフィスステラ

 

2006年7月13日の記事

 

「アダルトチルドレンの生き辛さ全て親の責任?」より、一部抜粋補筆。

人生の道を変えたい

 

仕事を変えたい等の相談を受けた時

 

私はそれを、間違っている等批判することはありません。

 

(但し、反社会的な行動を含む考えの場合、思うのは自由だが、絶対に行動化してはいないと、注意はします)。

 

 

 

なぜ、仕事を変えたい、生き方を変えたい等の相談に批判をしないのか。

 

それは、人生の主はその人であり、私ではありません。

 

かつ、人生には選択権があります。

 

 

 

人生において、何を選択しても自由です。

 

しかし、私が伝えることは

 

その選択をした後の「リスク」です。

 

リスク管理は大切です。

 

その、リスクを認識したうえで、選択をして頂くよう

 

一緒に考え、アドバイスをするよう心掛けています。