寒いと意識が明瞭になる。確かに辛いが、辛いと同時に辛いと思える自分を認識できる。此れって感謝。自分は冬こそ日本人を育てたと観ている。勤勉って冬支度に通じるからだ。

さて、本題に入る。此の数年、学生が怒らなくなった。小学生はまだはっきり「おかしい!自分が正しい」と口にする。滅茶苦茶な時もあるが、其れを帳消しにするくらい怒ることは大切、状況を変える契機になる。中学生は最近教えて無いので不明だが、高校生は極めて静か。「去勢」されたかの様に怒らない。勿論、怒らせる気はないものの、問題意識が無いから怒れない、反応が薄い。職員室でも話題になっている。人口減少も高齢化も怒る学生が激減したのに比べ危機じゃ無い。学生の怒りが足りないと、現状維持に傾いてしまう。心配。仮に1000とか2000人の意気のいい学生が権力に刃向かったり、自分の信じる規範を叫べば戸惑いと共に、権力者懐かしさすら感じるだろう。「自分も権力者になる前は怒ってたな」って嬉しくなると予想する。

 

 学生が怒らない理由として挙げられるのは、① 不満があったり、怒ったり、口にする前に手軽にGPTに相談して、其処で納得、毒抜きをされているから。 ②  10代に比して大人の数が多すぎるから。此れ、加藤なりの見立て。多勢に無勢(たぜいにぶぜい、圧倒的多数で対抗出来ない)故、初めから戦闘モードに立てない。 ③ ネットに時間を取られて怒る時間が無いから。此れって深刻な事態。思えば、眠そうな顔した学生がとみに増えてきた。深夜まで「昨日の天気予報🌞」みたく、既に手垢の付いた古い情報を凝視しているのか。危機を感じさせない危機が進行中である。