急性前骨髄球性白血病と診断されバニラヨーグルトが禁止されたって話

急性前骨髄球性白血病と診断されバニラヨーグルトが禁止されたって話

都内でwebデザイナーを目指しながらIT関連の会社へ勤務

仕事も起動に乗り、毎日楽しい日々を送っていた矢先...
突然の闘病生活の始まり

そんな波乱万丈な私の日々を日記にすることにしました。

Amebaでブログを始めよう!

 

 

こんばんは。

 

ついに退院日が決定しました!!!!!!!

 

 

 

あと少しです。ってことで今までのことを振り返り、ブログを書こうと思います。

 

 

私の病気が分かったのは、色々な初期症状が出て、もう倒れる寸前だった時。

緊急入院で直ぐに輸血と次の日には抗がん剤治療が始まりました。

 

最初は婦人科系の病気が疑われた為、車椅子に乗って色んなところを行き来し

検査をしました。

 

月経の出血が酷すぎたため、看護師さんに手伝ってもらいながら、病院服に着替えました。

 

検査入院のとの事で、婦人科の病棟へ入院。

(もうこの時点で輸血はしていました。)

 

初めての入院で、気持ちの整理がつかないまま

その日の夜、急に血液内科の先生が2名ほど来て、「白血病の恐れがあります」

そう言われました。

 

検査入院だと言われた数時間後に人生が180度変わったくらいの一言。

 

それを告げられてから、担当してくれたベテランの看護師さんが色々と励ましてくれたのを覚えています。

 

 

何度も何度も泣いて、夜中に悪夢で目覚め、早朝には病棟から差し込む朝日と共に目覚めました。

 

朝の9時には血液内科の無菌室へ車椅子で移動。

 

ショックのあまり、ずっと下を向いていたのでどうやって行ったか

覚えていません。

 

無菌室の扉が開いた時に前を見ると、髪がないニット帽を被った人がいました。

正直、病院とは無縁だった私にとって、こういう光景はドラマでしか見たことが無かったので

胸が張り裂けそうなくらい苦しく、また泣きました。

 

 

やっと病棟に着いたと思ったら、そのままマルクをし、疑いから確信に変わりました。

 

そのまま病室で母とはテレビ電話を通して、病状説明を聞きました。

 

テレビ電話越しに泣く、母と私。

正直、泣く母の姿を見るのが辛く、その時もずっと下を向いていました。

 

本当に苦しかったです。

 

それから徐々に自分の現状を理解し、治療を前向きに受けるようになりました。

思い返すと、色々あったなって本当に。

終わってみちゃうと、あっという間なんだけど、本当に色々な壁を超えてきたんだなって。

 

 

最近、今後の維持療法(アムノレイク)のことを知りたく、色んな人のブログを

のぞいたりしていますが、私は予後がいい型だったとはいえ、

その中でも最初の時に白血球が増加してしまっていたタイプだったので、

その中では良い方では無かったみたい。

 

本当にこれで入院生活は終わりにしたい。

 

予後がいいタイプの型でも再発してしまっている方は、実際にいるので不安になってしまう時も正直あります。

再発しないようにする方法が分かるなら全力で努力するのに、原因が分からないから本当に悔しいです。

 

 

それでも先のことばかり考えていてもしょうがない。

 

 

2年間の維持療法をしっかりと受け、完全寛解を目指します!!!!!

 

 

次は、退院する前日にブログ更新しようかな。