あらゆるものは虚無においてあり、且つそれぞれ特殊的に虚無を抱いてゐるところから混合が考へられる。虚無は一般的な存在を有するのみでなく、それぞれにおいて特殊的な存在を有する。混合の辯證法は虚無からの形成でなければならぬ。カオスからコスモスへの生成を説いた古代人の哲學には深い眞理が含まれてゐる。重要なのはその意味をどこまでも主體的に把握することである。
「この無限の空間の永遠の沈默は私を戰慄させる」(パスカル)。
孤獨が恐しいのは、孤獨そのもののためでなく、むしろ孤獨の條件によつてである。恰も、死が恐しいのは、死そのもののためでなく、むしろ死の條件によつてであるのと同じである。しかし孤獨の條件以外に孤獨そのものがあるのか。死の條件以外に死そのものがあるであらうか。その條件以外にその實體を捉へることのできぬもの、――死も、孤獨も、まことにかくの如きものであらうと思はれる。しかも、實體性のないものは實在性のないものといへるか、またいはねばならないのであるか。