木陰で休んでいた。正確には木に留まっていた。
すぐそこの脇を青虫と毛虫が登ってゆく。彼らの話声が聞こえる。
絶対に蝶がいいって鮮やかだし優雅だよ。青虫の言葉に
そうかなぁと良く分からない表情で毛虫は答えた。
じっと深い茶色の幹の凹凸に脚をかけたままわたしは鳴くのをやめて聞いた。
どうやら彼らにとって大人になることが今一番の話題である。
聞き流すつもり、もしくは飛び立つつもりであったが
自分もこの夏まで「大人」になることを夢みて土の中であれこれと想像したものだ。
そして彼らの歩みは遅く、今やっとわたしの頭付近に来たほどだ。
ちょっといいかい?わたしは静かに語りかけた。
話に夢中になっていた青虫が上体をひねりこちらに向いた。
その拍子で危うくバランスを崩しそうになったのを押さえたのが毛虫だった。
いや、この動きからしてたぶん毛虫のファインプレーはたまたまによるものが大きい。
少し慌てた青虫より早くマイペースな毛虫がしゃべった。なに?
たまたま、君たちの会話が聞こえてとても懐かしくなったんだよ。
だからチョットだけお話しないかい?
青虫が迷惑そうに答える、ボクたちお腹が空いててそこの葉っぱを食べに行く所なんです。
ちらりと毛虫が青虫を見たが、続ける言葉はないらしい。
そういうわけならわたしも一緒にそこまで歩こう。
驚いた表情の彼らと幹を登り、枝に出て、葉まで歩いた。
わたしは細い枝に掴まり、彼らと話をする。
さっきの話だけど、早く大人になりたんだね。
うん。と葉を口に入れながら器用に返事をする青虫。
毛虫はモグモグと頭を動かしているが頷いているのか食べて
いるだけか見分けがつかない。
じゃあ、いっぱい食べないとね
しばらくして原形がなくなるほど穴の開いた無残な葉が2枚できあがった。
セミさんは忙しいんじゃない?こんなことしてていいの?
そう満腹感に満ちた毛虫が尋ねた。
うーん、確かにね。でも、もうこの世界でやりたいことは全部済ませたよ。
そっか~空も飛んだんだしね、どうだった?大人になるって 青虫の興味が空にあるとわかる表情だ。
そうだね いろいろ大変だけど。土の中も良かったと思うよ。 空を見ながら答える。
なんで?暗くて冷たいんじゃない?
そうでもないよ、何年も土の中にいたけど快適だし不自由はなかったよ。まぁその生活のほうが長いからね。
想像がつかないなぁと言う青虫に毛虫も頷いた。
確かにそうだよね、それぞれ生まれ方も育ち方も違うからね。
わたしの観点で君たちの生き方を見るとすごく怖いと思うよ。
どうして? 毛虫の素朴な眼差しと質問。
それは葉の上で生まれてすぐに大人になるからだよ。キミたちに危険はいっぱいでしょ?
逆にわたしのことはどう思う?
青虫が答えた。うーんそう言われると土の中のほうが安全かもしれない。でも、退屈だったでしょ?
わたしの答えはNOだよ。土の中は土の中で充実してたよ。地下の生き方のほうがメインだからね。
そうかぁ、ボク達の親よりもおじいちゃんよりも・・・ずっと長生きしてるんだもんね
そうだよ、でもこの外の世界ではキミたちのほうが先輩だよと笑うと彼らも笑った。
初めて飛んだ時どうだった?
彼らに夢のあることを言おうとしたが、自然と彼らを興奮させた。
初めて飛んだ時はそれは最高だったよ。飛ぶというか飛べるというかそう信じるよりも飛んでたなぁ
背中の羽根が乾いた時に全力で羽ばたいたよ。今まで見たこともない世界だった。
何年も想像していたよりもはるかに凄い世界だったよ。
声にならない興奮した目で話の続きを待っている。
どこまで行けるのか?今の自分はどれだけ飛べるのか?どんな高さまでいけるのか?
キミたちもいつか試すことになるだろう。
やっぱり、蝶になりたい。青虫は目を輝かせ目標を語った。
目標と言ってもすでに決まっていることで、希望に過ぎない。
毛虫は答えた。ボクは蝶でも蛾でも空を飛べたらいいな。
青虫さんはなぜ蝶にこだわるんだい?きょとんとしたのち待ってましたとばかりに青虫が語りだす。
そりゃあ、蝶でも蛾でも空は飛べるけどね、やっぱり羽根が美しいじゃない。
そしてあの触角。自分の頭にもあの先の丸い触角が生えると思っただけでわくわくするよ。
毛虫は頷いている。そのわきで青虫がさらに続ける。
それに比べてさ、蛾は地味だし、リンプン多いし、胴体は太いでしょ?
やっぱり大人になると蝶になって主食は花の蜜っ。といい空気を吸ってみせる青虫。
わたしもね、外に出て夢に溢れ短いが最後の時を迎えようとしているんだ。
明るい二匹の表情が一瞬曇る。
わたしは蝶がよくて、蛾が悪いとは思わないよ。
確かに派手な羽根をしているし蝶は綺麗だよね。それは天敵にも見つかりやすいんだよ。
ごくりと唾を飲む青虫。
それに蛾は触角が発達していて夜でも飛べるし、あのリンプンは保温効果もあるんだ。
へぇ~とうなずく2匹。
わたしはどちらも素晴らしいと思うよ。たとえキミたちが蝶になろうと蛾になろうとそれは
お父さんとお母さんと同じ素晴らしい血だと思うよ。
うん、うん、と青虫毛虫の順に頷く。
あとはどう生きるかだよ。きっとその中に鱗翅目の素晴らしさをそれぞれに見つけるだろうさ
リンシモク?毛虫が首をかしげる。
キミたちのことだよ。蝶も蛾もリンシモク!
そっか~ある意味同じなんだね。ホントは蛾になるかもって不安だったんだ。
でも、セミさんのおかげでどっちでもいい気がしてきたよ。と青虫が元気に言う。
ボクはさ、たぶん蛾になると思うんだ・・・だって毛虫だもん。それは仕方ないとして
大人になってからどうするかだね。毛虫も頷く。
うん、そうだね。この世界は広い。今のキミたちが想像するよりはるかに広い。
広いと言ってるわたしが知るよりもだよ。だからいろんなものを見ていろいろ考えて
いい大人のなるんだよ
うん、はじめて2匹呼吸が合った。
ありがとう、時間をとらせてすまなかったね。
ううん、話ができてよかったよ。ありがとうセミさん。
うん。ありがとう
いやいや、それじゃあね。飛んだときにこの世界を見てみてね
そういってわたしは木を飛び立ち、別の木陰で休んだ。
あの子たち、何になるんだろう?希望してもしかたないかと笑った。