先ずはこの話を聞いてもらった方が早いかも・・・

 

 

 

都市伝説好きなのでTolandVlogはチャンネル登録してたんだけど、

「オアスペ」の話も、今回の話も日本人の起源を海外の全く接点の無い人が

伝えていることが印象的。縄文時代なんてのは俺たちの頃には社会科の教科書

の1〜2ページにも満たないような分量の知識しか習ってない。

当時は4大文明だったしね!エジプト・メソポタミア・インダス・黄河かな?

そのあと10年くらいでどうやら少なくとも「28以上の文明の痕跡がある。」

となり、最近ではそれらよりも縄文時代の方が古いかもしれないという説がある。

 

それはそれとして我々日本人はもう少し自分の源流について学び直す必要を感じる。

正史と言われてるものは時の為政者が書き直しているであろうし、偽書とされている

物の中にも、確認すべき真実があると思う。事実は一つだが大抵の場合はつまらない。

 

個としての自分全体を”全個”と考えるとするでしょ!自分の肉体・精神・血脈・血統

・能力・権力?・財力?・・・そう言ったものの全部が貴方だ考えるという感じ。

今ここに在り、自在に働く事ができる存在としての貴方が全てであるということかな?

 

結局、現世ではその個から全ては始まる。沢山の個が協力して生きていた時代、それが

縄文時代だったのかなと思った。前提として個の幸福があり、利己は突き抜けて利他に

至る。個というコップは満たされているから、他人(別の個)にも分けられる。

「お互い様です」の発想や誰かを対象にせずとも誰かのために働いている人がいる。

「お陰様です」の発想はこんな心から生まれるのかな?

・・・だとすれば確かに昔の日本にはそれがあったと思うよ!

じいちゃんやばあちゃんが孫に話す話の随所にあったな、その考えは・・・。

 

効率や生産性は大切だし、日本人はその点も得意だと思う。ただそう言った顕在化した

成果だけを評価するようになっている自分に気付かされたな?なんとなくモヤモヤして

いた心が少し澄んだ気がした。我々、純粋倫理を学ぶ者の目指す心境は

「ふんわりと柔らかで何のこだわりも躊躇いも無い澄み切った張り切った心」

純情(スナオ)だ。明朗・愛和・喜働の心の実践により創り育てる。

「生活の中の小さな気付きを正しい方法(心構え)に改めていく。」

そのガイドブックが「万人幸福の栞」だ。

倫理の実践は個を豊かに創るためにある。自分が豊かになれば人にも伝える。

 

似てるなぁ!・・・兎も角、先ずは本業でしょ!私の場合・・・

「早くHP仕上げろよな!YOUTUBEなんて見てねぇでよ!」

心の声がしますね!・・・気付いたらすぐしなければ・・・ではまた!