
国立ハンセン病療養所「大島青松園」。
ここは香川県の離島にあり、高松港から官有船に乗る以外にアクセスの方法がない。
今日は自分の原点に戻るため、そして親戚同様の付き合いをしてきた方のお墓参りのため、ここへやってきた。

ハンセン病の歴史については、それだけで本が何冊も書けてしまう。だから他稿に譲るけれども、ハンセン病を発症した人たちは、強制隔離という国の誤った犯罪的施策により、無理やり療養所へと閉じ込められた。そして人々の、この病への差別や偏見がそれを後押ししたことだけは記しておく。

僕は大学一年のときに初めてこの島を訪れた。それからは、長期休暇のたびにここへ泊まり込んで、施設の整備ボランティアや入園者の方と交流を重ねた。年末年始も帰省せずここで過ごし、入園者の方と新年を祝ったことも何度かある。

僕がここへ入り浸っていた当時は、入園者の数は数百人。今日、職員さんに聞いたら今は29人だという。これには驚いたが、もう全員がかなりの高齢だ。
ここには、僕を息子のように思って可愛がってくれた方がいたし、僕も親戚同様の付き合いをしてきた。
残念だけれど、その方たちはもうこの世にはいない。

風の舞には「せめて死後の魂だけは、自由な風に乗って舞い上がれ」という思いが込められているのだ。
死んで骨になっても、故郷へ帰れない現実。
国は誤った施策を平気でやるし、僕自身を含め人間にはいわれなき差別をし、偏見を抱く傾向がある。
学生時代のここでの経験が、ソーシャルワーカーを目指すきっかけになった。

社会福祉に関する講演や講義をすることがあるが、その際には冒頭でハンセン病の歴史と、大島青松園での経験を必ず語るようにしている。
この春から仕事の現場を変わるにあたり、自分の原点に戻って立ち位置を確認しようと、ここへやってきた。
これからも、ソーシャルワーカーとして生きることが確認できた。