歴史の織田信長の話です。
織田信長は若い頃は「うつけ者」と思われていたという有名な話はご存知でしょうか?
有名なエピソードを一つ。
織田信長の父、織田信秀が当時の流行り病にかかり病死してその葬式での事、信長は焼香を位牌に投げつけとの話があります。
そんな織田信長の教育係「御目付け役」をしていた一人、平手政秀という人物が居た。
平手政秀は織田信長の元服「成人式」や初陣「初めて戦争に行く」に立ち会ったり等、個人的に信長に対して愛情を持ち接していたのだと思います。
そんな平手政秀は織田信長の度重なる問題行動の責任を取り
自害「切腹」してしまいます。(所説あり)
織田信長はそんな政秀の死を深く悲しみます。
信長は先ず政秀の死を弔う為に政秀寺「せいしゅうじ」というお寺を築きました。(現在もあります)
その後、織田信長という人間が諸国の大名を打倒し、力を手にする事になりますが、政秀に対しては御香を絶やさなかったという話が残ります。
そして鷹狩「鷹を利用して狩猟」に出かけ獲物を捕まえれば
その肉を空に向かって投げ「政秀、これ食べて」と言ったり、
川の水を蹴飛ばしまくって水しぶきをあげ「政秀、これ飲んで」
と、目に涙をうかべて行ったと云う。