平凡な大学生のあなたが、たった三分でウルトラ大学生に変身する方法が見つかる秘密の図書館。 -2ページ目

平凡な大学生のあなたが、たった三分でウルトラ大学生に変身する方法が見つかる秘密の図書館。

限りなく凡人の僕が、100人以上のスゴイ大学生に取材して分かったこと、それは「やっぱり才能は1%」ということでした。凡人とウルトラマン、実は紙一重です。この瞬間からでも追いつけます。あなたが突き抜けるキッカケをここで見つけていって下さい。

とりあえずTOEICでしょ。


この空気が広く世間に蔓延している。

就活を控える文系学生にとっては特に死活問題である。

かくいう私も、この空気に呑まれている者の一人だ。すでにTOEICには、試験代、関連書籍代もろもろ合わせ、裕に2万円は投資しているだろう。だが、アピールになるようなスコアもなく、完全にお金をドブに捨てている。


先日3月17日に行われた公開テストは特に悲惨であった。私のテスト経験の中でも、あそこまで屈辱的な大敗をきしたのは、高1の時に受けた駿台模試の数学以来であった。


全く笑える話でもないが、この日を、この屈辱を忘れないために、ここに記すことをご容赦頂きたい。


いわゆるノーベンだったわけではない。リーディングの問題をちょろっと解き、英字新聞をちょろっと読み、リスニングもTEDなんかをちょろっと聞いた。名付けて「ちょろっと勉強法」……今となっては、あんな生ぬるい勉強で、ハイスコアが取れるはずがないことは身に染みたが、そうなってしまったのにも理由がある。TOEICの勉強はとにかくクソつまらない。なんのストーリーもないビジネスレターや広告をひたすら読まされ、単調なリスニングをお経のように聞く。しかも難しい。出来ない。色々とテクニックはあるというが、私の場合それ以前の問題であった。基礎力をつける必要がある。そのためには、「TOEIC力」の前に「英語力」をつけなければ。という考えに基づき、TOEICとは関係のない、楽しげな教材に手を出した。要は逃げだったわけだ。しかしながら、アメリカに9か月留学していた友達の、全然ついていけなかったという証言からして、洋画を見る、オバマの演説を聴くといった勉強法は、ことTOEIC対策としては限りなく意味がない、と言わざるをえないだろう。ということは、今となって思うことである。ともあれ、私はこのようにTOEICの対策をしていた。さらに悪いことに、直前に至っては、他のことに夢中になり、勉強は一切していなかった。このような状況を招いた原因の一つに、大学受験で英語は得意だったという自信があったことは白状しておかなければならないだろう。


そして当日を迎える。


試験が始まるまでが長い。周りは参考書を見たりしている。しかし、私にはそれすらない。何も持ってこなかった。なめきっていた。それ以前に良い点を取りたいという意欲もわいてこなかった。もちろん、良いに越したことはない。しかし、どうでもよかった。いや、あまりに自分の力が分からないため、何点ぐらい取りたいというイメージがリアルに思い描けなかったというべきか。その辺のことははっきりと覚えていないが、すごく眠かったのは覚えている。前日の夜更かしがたたったのだ。この辺もどうしようもない馬鹿である。受けたことのない方は分からないかも知れないが、TOEICのテストで2時間集中力をキープするというのは、並大抵のことではない。日本語でもキツイ。新聞を二時間ぶっとうしで読めますか?という話だ。まして英語。2時間耐えるための訓練も必ず必要だったと痛感している。書き込みを禁止されているから、手を動かせないのも集中力が持たない原因の一つである。


さて、いよいよリスニングが始まった。初めから、自信がない。参考書で読んだテクニックも頭から消えている。中途半端なテクはむしろ毒である。しかしテクなしでも、PART1からPART2の途中ぐらいまでは、多分これかな?程度には選べた。しかし、それ以降全然分からない。本当に意味が分からない。何言ってんの?設問先読みとか関係ない。一生聴けるようにならないと思った。イライラしてくる。余計なことを考え始める。TOEICという存在自体に腹が立ち、否定を始めた。「なんでこんなんせなあかんの?英語とかいらんやん。資格ビジネスに踊らされてるだけやろ。日本人全員アホちゃうか。お前らなに必至で解いてんの?英語使うような仕事してないやろ?・・・・・・にしても眠いな……寝たら気持ちええやろな……」というようなネガティブなことばかり頭をぐるぐると周りはじめ、試験どころではない。半ばこん睡状態で、ひたすた②にマークしている。あっという間に10個ぐらい②が連続でマークされていた。


「もういい、やめや。どうせこの後も聞こえない。どうせならリーディングやろ。その方がまし。リスニングの時間にリーディングをしたらあかんらしいけど、どうでもいい。万が一失格にされたらそれもまたよし。早く終われる。」そう言い訳をして、文法にとりかかった。しかし眠い。いつもなら解ける問題すら解けない。もう終わってる。っていうかリスニングが死んでいる時点で、いくらリーディングが出来たところで、400点ぐらいしかいかないだろう。そんな点なら0点と同じ。俺が欲しいのは730。それ以下ならもう全部同じ……。そりゃあ今後のためには、リーディングだけでもしっかりやって分析したほうがいいということぐらい頭では分かっている。しかし、もう完全に頭がフリーズしている。もう何も分からない。終わっているのだ。


私は棄権を申し出た。あと一時間も座らされるのはごめんだったからだ。しかし、試験官はそんな馬鹿は想定していなかったようで、マニュアルを必死でめくり始めた。私はそれを見て、情けなくなり「やっぱりやります」と言った。しかし、状況は何も変わらない。ひたすらボケーと一時間そこに存在した。何もかも無駄にした。出来ないテストってこんなにもつまらないんだな、と思った。


これがあの日の顛末であるが、今後のために、ではどうすればいいのかを少しは考察しておかねばならないだろう。


まず当たり前のことだが、TOEICで良い点を取るには勉強しなければならない。私はそもそも英語は得意であった。否、大学受験の英語は得意だったというべきだろう。しかし、センター英語9割取れます程度では、勉強せずにハイスコアを出すことはできないだろう。まして日々ぬるま湯にどっぷりつかっている大学生には難しい。だから、TOEICに特化した対策を練らねばならない。しかし、先ほども申しあげたように、TOEICの勉強はクソつまらん。繰り返す、クソつまらんのだ。だから勉強が続かない。続けるためには①ハイスコアのメリットが明確に意識出来ている。②勉強自体が楽しいと思える。このどちらか、理想は両方、を満たす必要がある。


なんか就職にいいらしい、程度ではだめだと思う。自分は絶対にサムスンに入社したいから、900点以上必要。これくらいの気持ちがないとキツイだろう。だからと言って、サムスンに入りたいと無理に思えるものでもない……。でも無理やりにでも自分なりの理由を見つけ、はっきりと意識することは大切だと思う。


では二つ目の道、どうすれば楽しくなるのだろう?努力そのものが好きっていうドМの人でもない限り、単調な勉強は楽しくない。まして出来ないのだ。私は楽しくするために、教材自体を楽しくすることを選んだが、それでは根本的な問題は解決されておらず、スコアは伸びない。苦しい道ではあるが、スコアが伸びる勉強をして、かつ楽しみを感じられる唯一の方法は、TOEICの問題に取り組みがら、成長を感じることだろう。出来ないことこそが面白くない一番の原因なのだ。とは言ってもこのテスト、成長が感じづらい。伸びているのか分からない……このことがまたTOEICの勉強を難しくしている。


問題点は見えてきたが、解決策は分からない。それは今後の課題である。