小説「戯れの果て【女子高生コンクリート詰め殺人事件】」

小説「戯れの果て【女子高生コンクリート詰め殺人事件】」

1988年(昭和63年)11月に実際に起きた、女子高生コンクリート詰め殺人事件をモチーフに小説を書きました。
長編なので、何話かに分けて載せていきます。

Amebaでブログを始めよう!

だが一人だけ、「中川、てめえ、キスだけだろうが。俺より先に千香子ちゃんのオッパイ揉んでんじゃねーよ、コラ」と先を越された村井は膨れっ面をして、機嫌を損ねていた。

「わりぃ、お前よか先に一段階大人になっちゃった」と私とのキスで機嫌を良くしていた中川が、村井を挑発するような口調でそう言うと、「あ? テメェ、ナメてんのか? あんま調子こいてっと、ワンパン食らわすぞ、ああ?」と大声を出して、村井は猛り立った。

「まあ待て。村井、落ち着けよ」と笹田が村井の怒りを冷まそうとそう言った丁度その時、一階から、ドスドスドス、と怒気を孕んだような、誰かが階段を登ってくる足音が聞こえた。そして、この部屋のドアを、ドンドン、とノックすると同時に、「幸一ちゃん、ちょっと騒がし過ぎだわよ。お母さん達うるさくて眠れないわ。もう少し静かにしてちょうだい」と巻の母親らしき人物が、階下の寝室にいる,夫婦の睡眠の妨げになると、そう訴えた。

 そういえば、私はこの部屋に連れられて来た時から、まだ巻以外のこの家に住んでる人々に会った事がなかった。

家では、昼時は巻の親は共働きらしく会う事はまだなかったし、夜は階下には巻の両親がいるので、便意を催しそうになってもトイレを我慢し、巻の両親が寝静まったのを見計らってから一回とそういう風に決められていたから、何かをする事でバッタリと出くわす、といった事はまずなかった。そして、その巻の両親とは別に、巻の部屋のある二階には兄弟だろうか、誰かが生活をしているらしかったが、その人物はこの時点ではまだ、こちらの部屋に顔を出すといった事はなかったし、私と会う事はなかった。だから私は今回、初めて巻以外の、この家の住人の声を聞いた。

ん? まてよ? ひょっとして、これってチャンスなんじゃない?

 今、このタイミングで、「助けて!」と叫んだら、女の子の悲鳴だ、何か尋常じゃない事がこの部屋で行われているのではないか、と察してくれるかも?

ヤクザに狙われているのがもし本当だとしても、家に帰りさえすれば、お父さんやお母さんと相談して、何とか対策を練って解決出来るのではないか?  

私はそう思うに至り、よし、大声を出そう、と口を開け声を出そうとした。が、その瞬間に私の考えを読んだのか、後ろで羽交い絞めをしていた新庄が素早く、私の口を大きなその手でガッチリと塞いだ。こうされたら、幾ら声を出そうにもくぐもってしまって、ドアを隔てた向こう側に立っている巻の母親に声が届く筈はなく、私は叫ぶのを諦めた。

 ああ、あと少し早かったら、巻の母親に知らせる事が出来たかも知れないのに。ああ。

試みが失敗に終わり、その間に、「うるせえな、もう少ししたら静かにするから、下に戻ってろよ、ババア」と巻は母親の訴えを退けた。そう言われた巻の母親は萎縮してしまったのか、「そ、そうしてちょうだいね」とだけ言い、そのままズカズカと階段を降り去ってしまった。

「ったく、うるせえ親だ。あ、笹田さんすみません、宴、止めちゃって」

 巻は笹田に対して、ペコッと頭を下げた。

「まあ、親がうるさいのはどこも一緒だからな。いいって事よ。あ、それより村井、お前Bまでなんだよな、まだ」

「あ、はい。まだチンコ入れた事ないです。かっこ悪いっすよね。アハッ」

 村井は照れ、恥じるように笑って、笹田にそう答えた。

「そっか。よし村井、飛び級だ。飛び級だよ、飛び級」

「え? 飛び級ってなんですか?」

「飛び級は飛び級だよ。お前、千香子ちゃんのに入れちゃえ、もう。B、前戯は飛び越して、CだよC、入れちゃえ。童貞捨てちゃえ、ここで」

 え? 何それ? 童貞捨てちゃえって。何その展開。嫌だ、ヤダヤダヤダ。何でまたあんな痛い思いしなくちゃならないのよ。簡単に言わないでよ! 

私は笹田に犯された時のあの痛さや悲しみを思い出してしまって、心の中に黒い霧がかかったように、もやもやと苦々しさが広がったが、そんな私の気持ちなどを知らない村井は、「マジっすか? 笹田さん、マジっすか? マジ、入れちゃって良いんですか? やったー」と言ってさっきまでの不機嫌さは何処へ行ったかと思う位、パッ、と表情に明るさが戻って、その場でガッツポーズをした。

「おお、良かったなあ、村井。おめでとう」と私の後ろで新庄がそう祝福をすると、「おめでとー」と他の男達からもそういった声が続いた。

「ちょっと待ってよ、何がおめでとうよ。私、そんなの嫌ですよ。今日初めてあった人とエッチな事するなんて、嫌です。絶対イヤ。童貞だか何だか知りませんけど、私がそんな事してあげる理由などないわ」

 普通の人なら持ち合わせているだろう感覚で、私は断固としてそんな事は出来ないと拒否をした。

「理由? だからさ、俺らさ、千香子ちゃんをヤクザの魔の手から救ってあげようとしてるじゃない。それに、俺にはさせてくれたっしょ? あれと一緒。守って助けてあげるんだからさ、その見返りを払って貰わないと、ね。千香子ちゃん」

 そんなの当然でしょ? とそんな表情を浮かべながら、笹田は言った。

「俺にはって、そんなの半ば強引に、脅迫めいた事言っての事じゃない! 私はあの時も、ホントに嫌だったんだから。また、もう一度なんて嫌よ!」

「あ? 千香子ちゃん、そんな事言っちゃっていいのかな? こいつらは堅気だけど、俺はマジなヤクザだよ? 千香子ちゃんをさらってバラそうとしてるのも、当然ヤクザ。そんな事さ、なーんにも怖くないんだよね、俺らヤクザは。サッカー少年にとって、ボールは友達。俺らヤクザにとっては、暴力が友達」

「暴力が友達……。それに、バラす、って何よ」

「殺す、って事」

 それを聞いて私は返す言葉を失い、身体に緊張が走った。

「でも、そんな事はさせないよ。だって俺、助けてあげる側だもん、千香子ちゃんの事。ね? ね? だからさ、村井くんの男気アップ作戦に協力してあげてよ。ね? ね?」

 何が、ね? だよ。嫌だ。イヤだイヤだイヤだ。絶対に、イヤだ! 

でも、笹田の言う事に従わないと、どんな暴力を受けるか分かったもんじゃない。

今月迄やっていたテレビドラマで、ヤクザの男が自分に従わない人に対して、目を覆いたくなるような暴力を振るって色んな人達を黙らせるといったのを、私はそのドラマに出演しているローラーズのかーくん目当てで、そういったシーンを何度も観ていた。酷い時は、そのヤクザは自分の妹をほんの少し馬鹿にした事を言った位で、同じ組の人の耳を持っていた刃物で、ブチブチッ、と音を立てながら切り取るみたいな、身の毛もよだつような事を平然とした顔でやっていた。

もしかして、笹田もそういった男なのかもしれない。

私には、例えそれがドラマのような作り話の世界でも、それを真に受けてしまうところがあり、それによって勝手にヤクザ像を作ってしまっていたので、私はその時、笹田にドラマの中のあの凶暴なヤクザの男を重ね合わせてしまっていた。

「ね? 千香子ちゃん、一人の男の成長を手助けしてあげようね。ね?」

「……」

 私が身をすくませて何も言えずに黙っていると、それをOKの返事と解釈した笹田が、「新庄、加藤、寝かせろ」と二人に指示をして、それを受けた新庄、加藤が、「はい」「……い」と返事をし、新庄が羽交い絞めのまま上半身を、加藤が足首をギュッと掴み、「せーの」と言って私を宙に浮かせ、そのまま床の上に身体を下ろした。

「キャー、やめてよーっ!」と私は必死に身体を捩って動かし、抵抗した。

「うるせえな。巻、中川、お前ら突っ立ってないで手伝えよ」と新庄が怒鳴った。「あ、はい」と言って二人、巻と中川は私の両肩と腕を押さえつけ、加藤は足を押さえ、私を下ろし寝かせた新庄は羽交い絞めを解き、笹田から手渡された、私が寝る時に使用している枕代わりの柔らかいクッションで、私の顔を覆った。

「よーし村田、行け」

「マママ、マジいいっすか? 行きますよ、入れますよ、行きますよ。んあーっ」

 クッションで顔を押さえられてはいたが、耳は別に覆われてなかったので、その村井の気持ち悪い、興奮した、鼻息の荒い感じが私の耳にねっとりと響いた。

視界を遮られてる為、今行われてる様子が掴めずに、怖かった。そして、完全に呼吸を止められている訳ではなかったけど、クッションのせいで空気の吸い込む量が少なくて、息苦しかった。

その感じは、私が小さかった頃の、小学校のプールで友達の愛子ちゃんと、どっちが長く潜っていられるか、我慢比べをしたあの時の感じに似ていた。

愛子ちゃんと私は、もう一人の友達の合図で同時にプールの水の中へ潜った。私はプールの底に座って目を閉じ、息を止めてジッと時間が少しでも長く経過していくよう、我慢した。目を閉じている為、隣にいた愛子ちゃんがまだ我慢してプールの中にいるかどうか分からなかったが、とにかく負けたくない一心で、水上に上がるのを我慢した。

この我慢比べの発端は、その日の給食で私と愛子ちゃんの大好きな、桃の丸ごとシャーベットが付くのを知っていて、それで体育のプールの時間で我慢比べをしてどちらか勝った方が、負けた方のシャーベットを貰えるといった他愛もないものだったが、私はそんな事も忘れて、ただただ負けたくない、愛子ちゃんに負けたくない、といった気持ちで、ジッと息を止め、プールの底で我慢をした。

 息を止め、どの位経ったか分からなかったが、暗闇と息苦しさでパニックを起こしそうになってもう我慢出来なくなり、必死に身体を半ばもがきながら動かして、水上に顔を出したのだった。

結局、私が我慢比べに勝ち、愛子ちゃんの分の桃の丸ごとシャーベットを貰ったのだったが、その時水中で感じたあの暗闇と息苦しさは、暫くたっても忘れなかった。

 そんな昔に体感した事が、今になって再現されるようになるとは、思いもよらなかった。

 私は息苦しさと、村井の鼻息の荒いねっとりした気持ち悪さに逆らおうと、尚も身体を捩じらせ必死に身体を動かしていたが、そんな事はお構いなしにと私の陰部に今にも入らんとしている、村井の勃起した性器の先がピタと触れるのを感じた。

「イヤ! やめてーっ!」

 と一瞬、新庄が力を抜いた時に顔がクッションからずれ、私の叫び声が部屋に響いた。

「うるせえ、黙れよ」とまた、新庄が私の顔をクッションで覆ったが、その時にまた、今度は私の耳が床にピッタリとくっついていた為、さっき巻の母親が階段を昇って来たよりも大きめに、はっきりと、誰かが階下から二階に上がって来るが分かった。

 ドンドン、とノックがし、「おい幸一、静かにするんじゃなかったのか! それに何か女の人の悲鳴が聞こえたぞ。一体何やってるんだ? 危ない事やってるんじゃないのか?」と、その声は巻の母親のものではなく、どうやらそれは、巻の父親らしかった。苛立ちを隠せないでドアの向こうに立っている様子が想像できた。

ん? だとしたらこれは、今回こそは、私が今にも犯されそうになっているのを、ドアの向こうにいる筈の巻の父親に訴え、止めさせるチャンスが来たのではないか? と私はここぞとばかりにありったけの力を込めて顔を動かし大声で叫んだが、さっき以上に新庄のクッションに込める力が強くて、出した声はことごとくクッション吸収されてくぐもるばかりで、巻の父親にはさっきの巻の母親の時と同じく、私の助けを求める声は届かなかった。

「うるせぇな、何でもないって。あと一時間もしない内に静かにしてやっから、さっさと下の部屋に戻って、ベッキーみたくグースカアホ面浮かべて寝てろや」と巻が大声を出すと、父親はそれ以上何も言わずに、ギシギシ、と音をさせて階段を下りて行ってしまった。ちなみにベッキーとは後に知ったのだけど、巻の家で飼っている犬の名前の事だ。

 それにしても、ああ……。もうこの私の窮地を今、救ってくれる可能性のある人はいなくなってしまった。

 それにしても、ああ……。もうなんて立場の弱い父親、それに母親なんだろう、巻の両親は。息子の部屋では私の、女の子の悲鳴がし、只ならぬ雰囲気を察知している筈なのに。それを息子の一喝で、ああそうか、って下に戻って行ってしまうとは。

 助けてよ! いい大人でしょう? 親でしょう? 女の子が悲鳴を上げてるのよ、悲鳴を! 遊んでいるんじゃないんだってば! もう!

 私は悲しかった。私はただただ、悲しかった。

私はあんな風な、巻の両親のような、子供に親の威厳を保てないような、そんな大人にはなりたくないと、その時そう思った。

 だが、結局私は、大人になる前に、この世と呼ばれる場所から居なくなるのだけど……。

 巻の父親が下に戻ってしまってすぐに、どういう訳か、それまで私の顔をクッションで覆っていた新庄の力が急に弱まり、スッ、とそれが外された。が、外された直ぐ目の前には、怒りに満ちた表情を浮かべた笹田の顔があり、「テメェ、何大声出してんだよ! お前のせいで、二度も巻の親がこの部屋に来ちまったじゃねーか、ああ? テメェ、声出すんじゃねーよ!」と唾を飛び散らしてスクッと立ち上がったかと思ったら、いきなり私の太ももを、バスンッ、と力を込めて蹴ってきた。

「イタッ!」

 私はこれまでの人生の中で一度も太ももを蹴られた事なんてなかったから、そのあまりの痛さ、衝撃に声を上げてしまった。

「お前よー、また今度、さっきみたいに大声出したらさ、言ったよね? 俺、キレたら何すっか分かんないって。な、声出すんじゃねーぞコラ。リアリー? リアリー? リアリー?」

 とそう言いながら笹田はその間、何回も私の太ももを執拗に蹴ってきた。

私はその狂気を含んだ笹田の執拗さと、太ももを蹴られた痛みから来る恐怖に身が抄くんでしまい、それにより今晩はそれ以降、小さな声しか出せなくなってしまった。

「でもねー、気持ち良かったら、アンアンって声は出して良いからねー、千香子ちゃん。じゃ、村井、男になっちゃいなよー」

 そう笹田が村井に言うと、「準備、ビンビンになってますんで。村井、いっきまーす!」と言って、笹田に太ももを蹴られ顔を歪ませ横になってうずくまっていた私の股を、ガバッ、と開き、村井は自分の勃起した性器を、ズン、と今度は一気に挿入してきた。

 痛い! 痛い痛い痛いっ!

 声には出さなかったが、笹田に大切な処女を奪われたあの晩同様、今回も私にとって男の人の勃起した性器は、ただ私を傷つける為の凶器にしかならず、村井が腰を動かし挿入を繰り返す度、身体と心の痛みが私の脳味噌に伝わった。

「アアーッ! 気持ちいいっす! オナニーとは全然別物っす!」

村井が歓喜の雄叫びを上げた。

「どうだ村井、スゲェだろ?」

「笹田さん、熔けちゃいそうっす! 凄く温かい、って言うか熱いっす!」

「いいぞいいぞ、村井。千香子ちゃんの中、気持ちいいだろ?」

「はい! 何かこう……あ、ヤバいっす。もう出ちゃいそうです」

村井がそう言って果てようとしたその時、「ハイ、ドーン」と笹田の声がし、私は閉じていた目を開くと、今まで私の陰部に挿入していた村井が、「アウンッ」と言って後方に吹っ飛んでいった。その間、村井の性器から白い液体が勢いよく空中に飛散していた。

 四日目



 三日目から巻の部屋には、巻以外にも新庄か加藤のどちらかが常時居るようになり、逃げ出そうにも逃げれない、そんな環境になりつつあった。

 十一月二十七日。私が巻の部屋に監禁状態になってから四日目。

この日は朝早くから目が覚め、私はもう一度寝ようとしたもののさっぱり寝れず、そこから長い憂鬱な一日の始まりとなってしまった。

食事は朝にコンビニのおにぎり二つ、お昼にはカップラーメンと菓子パン一つが与えられたが、特に美味しい食事とは言えず、私はお母さんが作った好物のシチューが食べたいな、とそんな事を思った。

 最後にお母さんのシチューを食べたのはいつだったろう? ああそうだ、確か先週の木曜日だったっけ? あの日は私もお母さんの手伝いをして、じゃが芋や人参の皮むきをしたんだっけな。私はお母さんがいつもやってるみたいに、包丁を使って皮を剥こうと頑張ったのだけど、上手くいかずに余分な箇所まで削ってしまい、剥き終わったじゃが芋や人参が不恰好な形になってしまって、お母さんに笑われたんだっけな。でも、その日のシチューは自分も調理を手伝った事もあって、いつもよりも美味しかったなぁ。弟の健太も、「具の形は不恰好だけど、味は美味い」って言ってくれたっけな。「そりゃそうじゃん。だって味付けはお母さんだもん」って私が言うと、健太もお母さんもゲラゲラと笑って、私もつられて大声出して笑ったんだよな。ああ、家に帰ってまたシチューが食べたい。そうだ、もしこれ以上嫌な事が起きずに無事に帰宅できたなら、その日はお母さんにシチューを作って貰おう。

 だが、私のその願いは結局叶えられずに、あの日に食べたシチューが最後になるなんて、この時は知る由もなかった。

 そしてこの晩に起こる事も。



 何事も無く昼が過ぎ夜も深くなると、この日は三日ぶりに笹田が巻の部屋に顔を出した。始めて見る二人の男を連れて。

「新庄さん、ちわっす」

「おお、中川と村井か。こっち来て一緒に一杯やろうぜ」

 先に部屋にいた、巻、新庄、加藤に加え、今やって来た、笹田、中川、村井の六人で酒盛りが始まった。

最初の内から、ワイワイと自分達の共通の話題などで盛り上がっていたが、暫くすると、「千香子ちゃんもこっち来なよ」と笹田が離れて座っていた私に声を掛けて来た。だけどお酒を飲んだ事のない私は、「私は飲めないので」とそれを断った。だが、その返事に納得がいってない感じで、「いいからこっち来いよ、ジュースでもいいからさ」と少しイラッとした声で笹田が呼んだので、私は仕方なく重い腰を上げ、酒盛りの輪に加わった。

加わって始めの内は、「家は何処なの?」だとか「学校何処なの?」「バイトしてるの?」だとか、なんて事のない質問をされたりしたのだが、皆の酔いが深くなるにつれ、「千香子ちゃん彼氏居るの?」だとか、「千香子ちゃんのスリーサイズはぁ?」など、段々嫌な質問をするようになってきて、中川が、「千香子ちゃんは処女なのぅ?」と私に質問をすると、「千香子ちゃんはもう、処女じゃないもんねー」と笹田が私の顔を覗き込むようにして、酒臭い息を吐き掛けてきた。

「ええ? じゃあの時、千香子ちゃん処女だったの? 笹田さん処女ゲッターじゃないっすかー」

 巻が例の、あのニヤニヤと気持ちの悪い表情を浮かべて面白そうにした。

「そうなんだよねー、千香子ちゃんの記念の第一号は、この俺って訳。凄いっしょー、俺。一生、千香子ちゃんの脳内に残るんだぜ、一生。俺は愛の伝道師さー」

 と自慢げに笹田がそう語り、その場に居た私以外の人間の笑いを誘った。

中には、「スゲーっす、笹田さん。マジ尊敬っす」と感心し称える者もいて、何が尊敬だよ、と私は心の中で毒づいた。

そう、私の処女は笹田に奪われ、それは一生私の中で付いて回るものとなってしまったのだ。ざけんじゃねえ! と映画で観たスケ番のように言ってやりたかった。ああ、同じ処女を奪われるにしても、彼氏の広くんだったら、全然違ったものになっていたのに……。

悲しくて、泣きたくなるのを堪えていると、笹田が突然、「中川、村井、お前らってまだ童貞だったな?」と一番下っ端と思われる二人にそう聞いた。

「あ、はい。お恥ずかしながら、女の裸もまだ見た事ありません」と丸刈りにした村井が言い、「自分も」と中川もそれに同意すると、笹田が私の肩を抱き寄せて耳元で、「千香子ちゃん、裸になってよ」と囁いて来た。

「えっ?」と私が意味が分からない風に聞き返すと、「いやね、こいつらさ、まだ女の子の事何にも知らないって言ってるからさ、勉強させてやりたくて」とまた耳元で囁いた。

 冗談じゃない! 何で私がそんな事しなくちゃならないのよ! こんなに大勢の前で、何でストリップみたいな事しなくちゃならないのよ! 

「嫌です、そんな事出来ません」と私が断固としてそれを断ると、笹田がいきなり私の髪の毛を、ガシッ、と鷲摑みにして、「そんな事出来ません、じゃないだろうっ!」と大声を張り上げた。いきなり笹田が豹変したので、私はかなりうろたえた。そして怖かった。

「千香子ちゃん、言う事聞いたほうがいいよ。笹田さん、キレるとなにするか、分かんないから」と新庄がそう言って来たが、その口元はニヤリと愉快気に歪んでいた。

 身の危険を感じた私は、仕方なく、初日から着ていたままでいた制服を脱ぎ、その場に立った。

「はーい皆さーん、心優しい千香子ちゃんが、まだ童貞で女の裸も見た事のない中川、村井の二人の為に、今からその十七歳の可愛く美しい裸を目の前で見せてくれまーす。拍手!」と笹田がテレビ番組の司会者の真似をして、皆を煽ると、「ウオーッ」「ピューピュー」と一斉に拍手歓声や口笛が沸き起こった。

恥ずかしさと屈辱がない交ぜになって、私が顔を俯いていると、「なーに、千香子ちゃん照れちゃって、可愛いなー、ピュアだなぁ」と笹田が、からかいの言葉を私に投げかけて、更に私を辱めた。

「おっ村井、お前、早くも股間膨らんでないか?」

「いや、まだっすよー。まだブラとパンツ、あるじゃないっすかー」

 村井の股間に顔を近づけて、その状態を確かめた巻に対して、村井はそれを否定するかのように、その場に立ち上がって皆に見せた。

「そういう事みたい。じゃあ千香子ちゃん、それ、外してみようか。うん。外して」

笹田が私に向かって、ブラジャーを外すよう、指示をした。

「えっ?」と私がそれまで俯けていた顔を上げそう言うと、「ほら、早くしてよー、千香子ちゃん。俺は大丈夫だけど、ここに居る童貞ボーイズがウズウズしちゃってるんだわー。ブラジャー、ブラジャー! ブラジャー、ブラジャー!」と笹田が、「ブラジャー」に合わせて手拍子を始めた。すると、それに従えと言わんばかりに、「ブラジャー、ブラジャー!」と新庄、巻が、その後に加藤や中川、村井も笹田の調子に合わせて、手拍子をし始めた。

私は躊躇をするように彼らを見たが、その手拍子が終わる様子はなく、皆、目がギラついていた。そして、笹田と目が合うと、表情が一瞬真顔になり、声は発しなかったが、「は・や・く」と口がそう動いた。それに威圧された私は、言われた通りにしないと、と背中に手を廻しホックを外してブラジャーを脱いだが、ブラジャーが取れたと同時に露わになろうとしていた胸を、素早く右腕で隠した。

「オオーッ!」

周囲の男達から歓声が上がった。

「良いねー。なぁ、中川?」

「いいっすねー、笹田さん」

「だろう? 今日来て良かったろう? でもまだ残ってるよねー、なぁ村井?」

「はいっ、残ってます」

「なあ? じゃ千香子ちゃん、はい次、パンツーっ! パンツ、パンツ!」

 さっきのようにまた笹田が手拍子をし始めて、今度もまたそれに続いて、「パンツ、パンツ!」と男達が私に早くパンツを脱げと催促するように手拍子をした。

 酔っているのか、狂っているのか。いや、そのどちらともそうだろう。

いつの間にか私を取り囲むように、男達が私の周りに座って、目をギラギラさせていた。丸でご主人に餌をせがむ、犬のように。拒む事は出来るのか? いや、そうはさせないだろう。

私は残る左手でぎこちなくパンツを脱ぎ下ろし、その左手で素早く股間を隠した。

「はい、千香子ちゃん、起立!」

股間を隠して立つ私に、笹野はそう言った。

「隠してちゃ、意味ないじゃん。折角脱いだんだからさ、千香子ちゃん。お行儀よく真っ直ぐ腕を伸ばし、背をピーンって伸ばそうね。っていうか、伸ばせ」

 そう言って、「は・や・く」とさっきブラジャーを外すようにと私を威圧した時みたいに、また笹田はそれまでニヤけていた顔を真顔にさせ、そう命令した。

私は、ビクッ、と身を震わせ、言われる通り、起立の姿勢をとった。どうしてこんな事しなくちゃなんないのよっ! と心でそう言いながら。

「ウオーッ!」

また一段と大きな歓声が上がった。

「いいねー、千香子ちゃん。ラブホでセックスした時はこんなに部屋が明るくなかったからあれだったけど、今こうして改めて千香子ちゃんの身体を見ると、あのさ、いい身体してるよねー、千香子ちゃん。オッパイも大き過ぎず、小さ過ぎず、なあ?」

 私の身体を嘗め回すように見ながら、そう笹田が同意を求めると、「綺麗っすねー」「ムラムラしますねぇ」と巻、新庄がそう言ってそれに応じた。

「中川、村井、どうよ? 女の裸は」

「は、はい、ヤバいっす、ギンギンっす」

「違いますね、違いますね! AVで観る裸よりも、全然いいっす!」

と笹田の問い掛けに対し、中川、村井は胸や股間が露わになった私の裸を見て、二人とも興奮を隠せない表情をしながら、鼻息を荒くした。

見ず知らずの人の前で全裸にさせられるなんて、こんな事、思ってもみなかった。それも、何人もの男の前でなんて。

小学四年生まではお父さんとよく一緒にお風呂に入っていたが、身体的な成長により胸が膨らみだしてからは、お父さんを一人の男性の目として意識してしまうようになってしまった。そうなってからはもう、お父さんとは一緒にお風呂に入る事はなかったから、大人の女性らしい身体、という意味では、笹田にラブホテルで強姦された時、強引に服を脱がされ裸にされたのが初めてだったので、今回のが二回目という事になる。

だけど、笹田の時は笹田以外に人は居なかったので、それよりも今回のように大勢の男の前、しかも電気が煌々と灯っている部屋で裸にさせられた方が、精神的にきつかった。幾つもの男達の目から、幾つもの視線がビーム光線になって私の身体中を射抜いているようで、それがチクチク突き刺さって痛かった。

「どうするんですか? 笹田さん」と新庄が次は何をするのか笹田に尋ねると、「うーん……」と言って笹田は僅かの間、顎に手をやり考える仕草をしたが、「そうだな」とそう一言言って、中川、村井の方へ顔を向けた。

「中川、お前、キスした事は?」との問い掛けに対し、中川は、「キスも、恥ずかしながらありません」と答え、村井にも同じ事を聞くと、「キスはありますが、Bまでは行った事ありません」と村井はそう答えた。

「そうかー、中川はキスなし童貞で、村井はBなし童貞かー、うん。じゃあね、こうしよう。中川、お前はキスさせて貰え。で、村井はオッパイを揉ませて貰え。皆、それでいいかなーっ?」と笹田が皆の顔を見まわしながら、そこにはないマイクを空中で持っているような仕草をしてそう聞くと、「いいともーっ!」とおどけて男達はそう声を合わせ、頭上で手を合わせて丸を作った。

 私にも笹田はマイクでインタビューをするみたいにし、「じゃ、千香子ちゃんもAとB、すなわちキスとパイ揉み、してもいいかな?」と聞いてきたが、そんなのいい訳ないじゃない。ふざけないでよ! と私は、「嫌です! 絶対嫌!」と強くその問い掛けを拒んだ。だけども笹田は、「嫌も嫌も好きのうち、って事でオッケー入りましたーっ。じゃ、中川くん、村井くん、やっちゃってください!」と私の言う事などお構いなしにして、中川、村井をけしかけた。

「え、いいんですか?」と一瞬中川は戸惑ったが笹田の言う事は絶対、「じゃ、千香子ちゃん、お願いします」と直ぐに明るい口調になり、私に掴み掛かろうとしてきた。宏くんにもまだだったのに、笹田に強引に初キスを奪われ汚され、今度もまた訳の分からない男に私の唇を汚されるのは勘弁してほしかったので、「ちょっと、嫌です。やめて下さい!」と私は相手を突き放した。

 すると、それを見た笹田が、「おい新庄、後ろに回って羽交い絞めにしろや」とそう指示を出した。それを受けて、「はい」と言って、それまで飲んでいた日本酒の入ったコップを床に下ろし、新庄が素早く私の背後に回って羽交い絞めにし、私の身体の動きを奪った。

「ちょっとなにするの! やめてよ! やめて!」と私は拘束を解こうと必死に抵抗して暴れようとしたが、何せ女の力だ、男の新庄の力に敵う筈もなく、再度近付いてきた中川の唇に私の唇が奪われそうになり、せめてと顔を必死に背けたがそれも無駄に終わり、私はとうとう、ベチョ、と中川にキスをされてしまった。

初めてで興奮してたのか、なかなか中川の唇が私の唇から離れなくて、長々とキスをされてしまった。そしてその間、中川の手は私の胸を鷲摑みにし、強く揉み続けていた。その手つきは荒々しく、痛かった。

 長々しいキスが漸く終わり、中川の唇が、チュポン、と音を立てて離れた時、私はあまり呼吸がうまく出来なかったせいか、少し眩暈をしてしまった。そして直ぐに空気を欲した。

「あーっ、女の唇って柔らかくってサイコー! つーか、オッパイ柔らけーっす! マジ凄いっす!」

 私の唇と胸を貪り、女の子と初めてキスをし、その感触、味わいを知った中川が、そう興奮覚めやらぬ調子で歓喜した。

「中川おめでとー」と笹田が言うと、他の男達も、「おめでとー」と一緒になって中川の初キスを祝福した。

何がおめでたいのよ! そう思いながら、私は中川の唾液まみれになっていた自分の口を一刻も早く拭い取りたかった。が、まだ新庄の拘束は解かれなかったので、不快感はそのまま残ったままでいた。

「中川、俺の唇も柔らかいぞ」

巻が自らの唇を窄めて、キスをせがむ仕草をした。

「やめて下さいよー。俺、そっちの気ないっすよー」

「あ、俺も無いわ」

 と言って巻はその場の笑いを誘った。





 二日目





 十一月二十五日。この日から私は、巻の自宅二階の部屋に監禁される事となった。

 前日の二十四日深夜に、タクシーで巻の家に着いた笹田達と私は、玄関からではなく、家の直ぐ傍にあった電柱を伝い上に登り、鍵のかかってないベランダの窓から、巻の部屋に入った。

 部屋の中は、笹田達が飲食したのであろうスナック菓子の袋やジュースやビールの空き缶、お酒の一升瓶やトイレットペーパー、エッチな本、タバコが山盛りになった灰皿、カセットテープとラジカセ、鉄アレイ等が床にあちこちと散らばってあり、それに部屋の隅っこには敷きっぱなしであろう布団、その近くにテレビとファミコン、あとボクシングの選手が練習するようなサンドバッグなども部屋にあった。この散らばり具合から察するに、この部屋は常日頃から、笹田達が溜まり場として遊んでいるんだろうな、と思われた。

「ま、汚い部屋だけど、我慢して。ここに居ると、取り敢えず安全だから、ね。あー、それと千香子ちゃん、お腹減ってない? カップラーメンでも食べる?」と気味が悪い位柔らかい言い方で笹野が聞いてきたが、ヤクザに身を狙われているという恐怖と、これから一体どうなるんだろうという不安とで、とても何かを食べるような心境ではなかったので、私は、「今は大丈夫です」とだけ答えた。

「あーそう、そうなの。じゃお腹が減ったり喉が渇いたら、いつでも言ってね。用意するからさ。それと今日はそこにある布団使っていいからね。今日は疲れたでしょ? 色々とあったもんね、もう寝たほうがいいよ。そうしたらいい、うん」と言われ、私は、「色々ってさ、その色々の中に、アナタが私を犯したのも入ってるわよね! 何、他所事みたいに言ってるのよ!」と面と向かって言ってやりたい気持ちになった。だが、そんな事を言っても何にもならないと口には出さなかった。言っていたとしたら、多分この時点であのおぞましい行為が早まっただろう、と死んだ今になって思う。

 寝たほうがいいよ、とは言われたものの、ジメッと湿っているような布団では私は寝たくなかったが、この日は精神的に酷く疲れていた事もあり、結局、言われた布団でその晩は眠った。

ボンヤリと意識が遠退いていき、眠りに入る前に私から少し離れた所で笹田達がボソボソと、何事か相談みたいな事をしているらしかったが、「……な、そうしようぜ」「分かりました。それじゃ……」などといった具合に、何を話し合っていたのかは、その時はよく分からなかった。



 


 翌日の二十五日はテレビから、「お昼休みはウキウキウォッチ」と聴きなれた、お馴染みの定番番組のフレーズが流れてきたので、私はそれで目が覚めた。

目覚めたらこれが夢だったんだ、とここがお父さんお母さん、弟の健太が居る皆川家の、私の部屋のベッドの上だったらどんなに良かったけど、辺りを見まわすと今居るここはやっぱり、昨日来た色々と物が乱雑して汚らしい、巻の部屋の溜まり場だった事が直ぐに分かり、私は肩を落とした。

「おはよー、千香子ちゃん」

 部屋に一人居た巻が、カップラーメンを食べながら、挨拶をしてきた。他の三人は、自宅へと帰ったのだろうか。「おはようございます」と挨拶を返すと同時に、昨日の夜はアルバイト先で食べた菓子パン一つしか胃の中に入ってなかった事もあり、グゥ、と食べ物を欲するように、お腹が鳴った。

「アハッ。千香子ちゃんお腹減ってるんだ? これ、食べなよ。ほれっ」と言って、巻が私にコンビニで買ったのであろうおにぎりを二つ、それにミネラルウォーターをひょいと投げて寄こした。「ありがとう」とお礼を言い、私はあっという間に、梅とこんぶのおにぎり二つを平らげた。

「速いねー、食べるの。猫みたいだね、千香子ちゃん。ネコネコ。アハッ」

「猫、ですか。あのー、昨日居た三人は帰ったんですか、家に」

「あー、そうだねー帰ったねー。夜位になったらまた来ると思うよ」

「そうですか」

 夜になったら、また笹田がここに戻ってくるのか。私の処女を奪った、あの汚らしい獣が。出来ればもう二度と会いたくなかったが、ヤクザから狙われているという、不確かながらもその脅威がある限りは、私はここから自由にはまだなれないのかな、と思った。

テレビでは、私の置かれた状況とは真逆の、芸能人がおちゃらけている映像が流れていた。私はこの番組が嫌いじゃなかったのに、何故か今は全く笑えない。だけども私は、ああ、出来ることならば魔法とか使って、今テレビに映っている楽しげな空気が漂う番組の中へ入って行きたい、と出来もしない事を願った。

お昼の定番番組が終わった後も、巻と私は特にこれといった会話もあまりせずに、ぼんやりとテレビを観ていたが、「つまんね」と唐突に巻はそう呟き、傍にあったファミコンの電源を入れて、ゲームを始めた。

テレビ画面にはマリオが映っていて、そういえば健太もこれでよく遊んでたな、とボンヤリと思った。私はファミコンがあまり得意ではなかったので、自分で遊ぶよりもどちらかと言えば、健太が居間のテレビで遊んでいる画面を観て歓声を上げていたりしていた。健太はゲームが上手く、デパートの特設会場で行われていたゲームの大会などでよく優勝したりして、トロフィーと賞品としてファミコンのカセットを、何度も貰っていたりしていた。

「そういえば、千香子ちゃんって何歳なの、今?」

 巻がテレビの画面から目を逸らさずに、そう聞いてきた。

「十七歳です」

「おー、十七かー。俺より一つ年上だ。新庄さんとタメか。んじゃ三年生?」

「はい、来年卒業です」

「おー、卒業ねー。その後は大学行くの?」

「いえ、就職します」

「そっかぁ、就職かぁ。俺なら大学行くけどなぁ。まぁ、もう行く気ないし、行けないけど」

 そういえば、巻の年齢なら普通だと、今時間はまだ高校に通っている頃だとと思うのだけど、今日は学校を休んでいるのだろうか? そう疑問に思い、私は聞いてみた。

「あの、今日は学校お休みなんですか?」

「あ、俺? いやーそのー、学校辞めたんだよねー。万引きとか見つかったり、色々あってね。笹田さん含め、他の三人も高校は行ってないなー。んでさ、暇な時間多いでしょ? だからいつの間にか同じ中学の出身て繋がりで遊んだりするようになった訳」

「そうなんですか。あの、笹田さんはヤクザの幹部って自分で言ってたんですけど、本当なんですか?」

 私は思っていた疑問を巻にぶつけてみた。巻はどうやらおしゃべり者のようだから、何か本当の事をポロリと話すんじゃないだろうかと思ったからだ。

「え? 幹部だよ、勿論。何、疑ってるの、千香子ちゃん? やだなー、作り話じゃないよー」

「本当?」

「本当だってー、千香子ちゃんが狙われてるのも本当だよ。だからこうして千香子ちゃんを匿ってるんじゃない。あのね、笹田さんはヤクザで、俺と新庄さん、加藤はその舎弟。って言っても、笹田さん以外の三人は別に組に属している訳じゃなくて、まだカタギ、一般人だから。千香子ちゃん安心してね。アハハッ」

 何が、安心してね、だ。この状況で安心なんて出来る訳ないじゃない。それにしても、さっきの巻の慌てぶりは何だったんだろう。笹田の事を質問したら、その瞬間、顔が引き攣って、明らかに動揺の色が表情に現れていた。

怪しい。

私が思うに、やはり笹田はヤクザなんかじゃなく、私が狙われているという事も嘘なんじゃないか? もしくは、どちらかが嘘。だとしたら、私はただ単に何の目的かは分からないけど、笹田達四人に拉致監禁をされているだけなのだろうか?

 そう思った私だったが、先ずどうしたらこの場から逃げ出す事が出来るのか、そして笹田達に摑まらずに逃げ切る事ができるのか、色々な問題がある事に気付いたのに加え、まだ百パーセント私がヤクザから狙われているのが嘘だとは言えないし、そう思うと私はやはり、間違いなく困難な状況に立たされているのだと、より一層考えさせられたのだった。






 昭和六十三年一二月三十一日。自分の本意ではない形で、私の生涯は幕を閉じた。






 

 私の名は、皆川千香子、十七歳。その時私は、都内の高校に通う三年生で、翌年の卒業後には就職も決っていて、都内のとあるアパレル関係の会社の内定が決っていた。

 両親とも健在で、お父さんの名は皆川幸雄、四十二歳。お母さんの名は皆川育子、四十一歳。そして私の下には弟がいて、名前は皆川健太、十二歳、小学六年生だった。

お父さんは都内のある食品メーカーに勤めていて、役職は確か課長だったと思う。毎日忙しそうにしてたっけな。お母さんはパートなどもしていない専業主婦だったから、毎日家事などをして皆が帰るのを待っていた。

私はアルバイトの無い日とかに下校途中で友達とハンバーガーショップやレコードショップなどに寄り道しない限りは、夕方にはちゃんと家に帰宅していたので、玄関で靴を脱ぎ居間に入ると、そこから台所に立つ母の背中越しに、「只今」とよく声を掛けていたりした。すると、母が決って「おかえりなさい、おてんば姫様」と返すので、「もー、おてんば姫じゃないってー」と笑って、私はその母の言いまわしを毎回否定するのだった。

 今はもう、そんな会話もお母さんと出来ないから、凄く、凄く凄く悔しいし、悲しい。あいつらが、私をあんな目に遭わせなければ、もっと、もっともっとお母さんと台所に立って一緒に、夕飯の支度の手伝いなんかも出来た筈だったし、生きていれば、その頃あんまり口を利いてなかったお父さんとも仲直りして、肩を揉んだりしてあげれたし、弟の健太とも一緒にスーパーマリオを遊んだりも出来た筈だ。

 そう、あいつらさえ、居なければ。あいつらにさえ、会わなければ。


 一日目


 そう、十一月二十四日のあの日、私は週に三度あるパン工場のアルバイトを終えて、調布にある自宅に帰ろうと自転車を一生懸命漕いでいた。その日はいつも楽しみにしていたトレンディドラマが九時にあり、早く帰ろうといつもは通らない、人気の少ない通りを走っていた。それが運命の分かれ道だったとは知らずに。

 自宅まであと十分か、その位の時間の所までといったその時、いきなり後ろから走ってきたスクーターに乗った人に、ドカン、と蹴られてしまって、私は自転車に乗ったままその場で倒れてしまった。あまりに突然の事だったから、私は身体を庇うような受身みたいな事も出来ずに、かなり痛かった。

でも、今思えば、これから待受けていたものに比べれてその痛みは、ホンの微々たるものでしかなかった。

 転んだ時の痛さでその場で少しうずくまっていると、「大丈夫? 怪我は無い?」と男の人の声が聞こえた。顔を上げると、その声の主は手を差し伸べてきて、「ほら、摑まって」と言ってきた。私はそれに従い、「すみません」と手を伸ばした。

 立ち上がると男は、まだ私と同じか、上だとしてもそんなに歳の離れていない位の若い人で、「最近さ、ここら辺物騒でね、俺もさっき何にもしてないのに、いきなり、さっき君を蹴った奴と同じ奴に腹を蹴られたんだよ。男の俺でさえそんなんだもん、女の子が一人じゃ危ないよ。俺の家近くにあってね、ここら辺の道、詳しいんだ。だから、途中まで送っていってあげるよ」と私を心配しているような表情を浮かべ、そう言って来た。

 私はさっき蹴られた衝撃で動揺し、恐怖を感じていたので、見ず知らずなのにも関わらず、その男の言葉は私にとって、優しく、そして心強く思えた。初めは一瞬どうしようかな? と迷ったけど、結局、「すみません、ホント途中迄でいいんで」と相手の申し出に感謝し、私は自転車を押しながら、男と共に再び道を歩き始めた。

それが地獄への第一歩だったとは知らずに。

 幾分か歩いた頃だったか、男が近道をするから、そこの公園を横切ろう、と提案してきた。私はここら辺の事を詳しく知らなかったので、「ああ、近道だと嬉しいです。今日の九時からのドラマが観たいので」とその案に乗った。すると男も「俺もそのドラマ、楽しみなんだ。早く行こう」と言ってきた。それで私は共通の話題が出来た事による安堵するといった気持ちが出来て、思わず気を緩めてしまって、「ハイ、見逃せないですもんね」と公園へ入ってしまった。

 私は少し警戒心を解き、男と公園内を歩いていた。何気ない言葉のやり取りをしながら道を歩いて、少し経った頃だったろう。公園の中にあるトイレの横を通り過ぎようとしたその時、横を歩いていた男がいきなり、ガッ、と私の両肩を掴んできて、そのままトイレの壁に押し付けてこう言って来た。

「実はよ、俺さ、さっきアンタをスクーターから蹴った男の仲間なんだよね。でさ、俺さ、ヤクザなのよ、うん。ヤ・ク・ザ。そんでね、お前をちょっとした、とある事情で狙っててさ、ね、うん。まあでもさ、俺、幹部だからさ、俺の言う事聞けばさ、助けてやれない事もないんだよね。いきなりで訳分かんないだろうけど。だからさ、あのさ、エッチさせてくれればさ、助けてやるよ、うん。じゃないと酷いめに遭うと思うよ。ね、どうする?」

 と言い、男は舌なめずりをしながら、私の顔を覗き込んだ。

 え? 私が? ヤクザに狙われている? どうして? 何で?

 そんな事をいきなり言われたので、訳が分からなかった。そしてひどく混乱して、血の気が全身から引いた。どうしたら良いの? ヤクザなんて全然関係のない世界だったし、狙われるような事は何一つして来なかった。なのに、突然そんな事言われたって、判断出来る訳ないじゃない! 誰か教えて! 誰か助けて! そう、私は何かに向かって心の中で祈った。だけど、さっきからこの公園には人っ子一人通り掛らないし、ましてや、そんな都合よくスーパーマンなんて来る筈も無く、「なぁネエちゃん、早くしなよ。どうなの? ええ?」と男が迫って来たので、正確な判断が出来ないでいた私は、言うとおりにしないと本当に危ない、と私は泣く泣く、苦渋の決断をした。

「どうすんだよ?」

「ほ、ホントの話なんですか? それ」

「つーかさ、スクーターに乗った奴に蹴られるなんて、そうないっしょ? 嘘なんかつかねーよ。でどうすんだよ? あ?」

「……。わ、わかり、分かりました」

震える声でそう男に言うと、「へへっ、そうこなくっちゃ。へへへっ、悪いようにはしないから、ね」と男はニヤニヤと、気持ちの悪い表情で笑った。





 公園内にあった電話ボックスで男はタクシーを呼ぶと、私はそれに乗せられて、何処だか分からない場所にあるラブホテルに連れ込まれた。

部屋に入ると、男は、「俺、笹田って言うんだ。宜しく、ね」とそう言うといきなりベッドに私を倒し、着ていたセーラー服を乱暴に剥ぎ取った。「やめて、やめてよ!」とそう言うと、「うるせぇ、黙ってろ!」と笹田は怒鳴りつけて、私にキスを強引にしてきた。

キスなんて、その時付き合っていた彼氏の広くんともしてないのに。

こんな男に初キスを奪われるなんて……。

自然と涙が溢れ、瞳から零れ落ちた。

 それから笹田は次々と、私の口、胸、股間を乱暴な手つきで愛撫してきて、その部分が唾でべチョべチョになり、凄く気持ちが悪かった。そして、愛撫し終えたと思うと、笹田は服を脱ぎ、全裸になり自分の勃起した性器を掴むと、ギラギラした目をしたまま、それを私の陰部に乱暴に挿入してきた。

「痛いっ!」

 そう、私は処女だった。

「エッチは気持ちの良いものだよ」とクラスメートで親友の佳代はそう言っていたが、私にはただただ苦痛そのものであり、笹田が腰を振る度に、私の全身には激痛が走った。

 挿入し、笹田は一定の動きを終え果てると、泣いている私の横に寝転がり、タバコに火を付け、「なんだ、お前処女だったのか。初めての相手が俺か。ヘヘヘッ」と自慢げに、そう笑った。

 私の処女は、意中の相手ではなく、こんな卑劣な奴に奪われてしまった。そう思うと、また涙がとめどなく溢れ、それが私の気持ちを察したように、顔を流れ伝い、覆った。

 笹田はタバコを二本吸い終わった後に、ベッドの脇にあった電話で、何処かへ連絡を入れた。

「おー、オレオレ。そうそう、今一緒にいる所。場所? ラブホに決ってんじゃん、へへへ。マブいよ、うんマブい。お前らもどうよ? 高まるよー、ヘヘへッ。だからさ、お前らあの公園で待ってろ。そうだ。じゃー後でな」

 話し終えると、笹田は私の方に向き直り、「そういやさ、君、下の名前何て言うんだっけ?」と聞いてきた。私は偽名を言おうかと思ったけど、鞄には学生証が入っていて、もし嘘など吐いてそれがバレた時に、相手を怒らせる事になると、何せ相手はヤクザだ、どんな目に遭うか分かったもんじゃない、とここは素直に、「千香子です」と答えた。

「おー、そうそう、千香子ちゃんだよね。上のモンから聞いてたんだけど、忘れちゃってね、へへッ。そうそう、千香子ちゃんさ、今から俺の舎弟と落ち合うからさ、そいつらと合流したらさ、千香子ちゃんを助ける手筈を考えるからね」





 

 ラブホテルから出て、何やら初めに訪れた公園とはまた違う公園へ連れて行かれると、さっき笹田が言っていた舎弟と呼ばれる男達三人が、ベンチに座っていた。左に座る男は長身で目付きが鋭く、蛇のような顔をしていて、その隣に座ってる、真ん中の男はちょっと賢そうな顔をしていたが、ニヤニヤだらしなく笑っていて、それが不気味に思えた。もう一人の右端の男は小柄で、下を俯いていて大人しそうだった。

「おー、もう来てたのか、早いなー。どうよ、この子?」

 笹田は三人に声を掛けた。

「笹田さん、お疲れっす。おっ、その子が? おー。確かにマブいっすね。いいなー」

 ベンチの真ん中でニヤけてた男がそう笹田に応じた。

もう一人の長身の男も、「いいっすねー、上玉じゃないですか」と低い声音で言ったが、大人しそうな男は私を一瞥すると、何も言葉を発せず、また下に俯いてしまった。

「あー、そうそう」と笹田は、ベンチで待っていた三人の紹介を始めた。

「左から、新庄、巻、加藤。暫くは、俺とこいつら四人でさ、千香子ちゃんをどうやって助けてやれるか作戦を練るからさ、な? お前ら」

「ちーす」「ちゅーす」「……」と、私を身に憶えのない脅威から助けてやるという事を、笹野は誇らしげな身振りを交えて語った。

 今思えば滑稽な話だが、私は闇雲に行われてるこの悪事に対して、かなり当惑、戸惑いを感じていた。なので、迂闊にも私は、笹田の言う事を信じてしまった。もしこれを聞いたら、世間知らずのお嬢様、と笑う人も居たかもしれないけど、でも考えるよりも先に来る恐怖が理性を狂わせ、人に頼りたい、といった感情が心を覆い、助けを求める気持ちが大きくなっていく事は、実際にそういった事柄を体験しないと理解出来ない、と今になってそう思う。

 知りたくもなかったけど。

「で、笹田さん、これからどうするんすか?」

 ニヤニヤ顔の巻という男が、笹田に指示を仰いだ。

「そうだな、暫く何処かに千香子ちゃんを匿ってやらなきゃならん。でだ、巻、お前んちで面倒看てやろうと思う。大丈夫だよな?」

「あ、やっぱり家ですか、おれんち。アハッ、全然オーケーオーケー、OK牧場っすよ」

「なら、決まりだな。んじゃ、移動すっか」

 不安に押し潰されようとしている私を余所に、事がどんどん勝手に進められた。それは正に、私をあの世に送り出す列車を出発進行! と笹田達四人が薄ら笑いを浮かべ発進させた事でもあった。

 



 それから私は、笹田達に連れられるがままに、今何処にいるのか分からない場所を歩いた。

公園を出発してから少し経つと、車の行き来や人の通りが多い道路に出て、それからまた更に歩くと、なんだか見た事のある風景がそこにあって、ああ、今私は府中に居るんだな、という事が分かった。

 府中にはそんなに沢山訪れた事はなかったが、この場所には、中学の頃所属していたバレー部の大会があって、この通りを歩いて開催場所の体育館が併設してあるホールまで行った記憶があった。

そう、この通りには道路脇の歩道に植えられた、けやき並木が綺麗に並んでいるのが印象的で、ここは府中のメインストリートという事もあり、今はもう夜という時間帯である事から、その並木の横を酒に酔ったサラリーマン達や、仲良く腕を組んだカップル、楽しく会話をしながら歩く学生のグループなど、様々な人達が、夜の府中の街を歩いていた。

「皆楽しそうだなぁ。なあ、巻?」

 笹田がそういった人達を横目にしながら言った。

「俺達も酒飲みに行きましょうか」

 巻が調子のいい感じでそう応じた。

「馬鹿野郎、さっさとおまえの家行って、この千香子ちゃんを悪い奴らから匿ってあげなきゃ」

「悪い奴らって、俺等もそうじゃないですか」

 新庄が笹田と巻の会話に茶々を入れると、「ガハハッ」と笹田達は声を出して笑ったが、私には何も愉快になれる要素がなく、ただ不安が募る一方だった。

 私の横を通り過ぎて行く、酔ったサラリーマンの人達を見る度に、このけやき並木通りに、お父さんが取引先の人や会社の同僚の人とお酒を飲みに来ているかも、とよく顔を見たけど、お父さんの勤めている会社は新宿にあり、そんなにうまい具合に府中に飲みに来てる訳もなく、私は、ハァ、と一つ溜息を漏らした。

「千香子ちゃん、溜息なんて吐いちゃってー。心配すんなって、約束どおり、なんとか話つけてやっから。上のモンとさぁ」と頼もしさの欠片もない、気安い感じで笹田はそう言ったけど、約束というよりも、むしろ強引に私の身体を要求してきたんじゃないか、と言ってやりたかった。というか、あの話は本当なのだろうか? ただ私の身体が目当てで作り話をでっち上げたのでは? と訝しかったが、真偽を確かめようと思っても、そんな手段は私には思い浮かぶ筈もなく、とにかく自由の身となって無事に両親の待つ家へ帰りたいと願うばかりなのであった。

 けやき並木通りも歩き終わり、歩行者よりも車の交通量の多い道路に出て向こう側に渡ろうと信号待ちをしていると、「やべっ、お前ら後ろ向け!」と笹田が突然声を上げた。何故だろうと私はポカンとしていると、「お前もだよっ!」と笹田に肩を抱かれる形でそのまま強引に後ろ向きにさせられた。もう信号はとっくに青に替わっていて、デーデデデデーデデデデーデデーデデー、と目の不自由な人の為の音楽が鳴っていたが、私達はそのまま後ろ向きのまま、その場を動かないでいた。

「笹田さん、何かあったんすか?」と巻がそう尋ねると、「今よ、組の上層部専用のベンツが右から走ってきたんだわ」と笹田がそれに答えた。

「マジっすか!」

 少し大げさな動作で巻が驚いた。

「ああ、マジマジ。大マジ。指令では、千香子ちゃんを拉致したら直ぐに連絡を入れることになってんのよ。で、今それ見られたら、千香子ちゃん助けてやれないっしょ?」

「それはヤバイですね」

話を聞いていた新庄が低い声で同調した。

「つーか躍起になってんぞ、上の幹部も。こりゃ早く巻の家に行かなくちゃ、千香子ちゃん連れて行かれるぞ! そうしたら、千香子ちゃん……」

「え? そうしたら、私、どうなるんですか?」

 ワザと語尾を濁らせて口を噤んだ笹田の言い方に、言い知れぬ恐怖を感じて、私は続きを促した。

「いや、言わない方がいい。もうエグい事されて、これじゃ死んだ方がマシ、って感じだから」

「ええっ? そんな……」

 それを聞いた私は全身から血の気が引くのを感じ、小刻みに震えが出てきて、それが止まらなくなってしまった。

「可哀想に、震えちゃって……。よし、お前等! 全力で千香子ちゃんを助けてやるぞ! 分かったか!」

「押忍!」

「ハイッ!」

勇ましく鼓舞をする笹田に対し、新庄と巻はそれに応えたが、加藤はやや俯きながら、ニヤッ、と不気味に笑うだけで何も言わず、それが何を意味していたのかその時は分からず、ただ単に、気持ちが悪い、と感じるだけだったが、私はこの後、加藤が笑ったその意味を長きに亘り、思い知らされる事になるのだった。