瞑想とは、「無我無念の状態」とか「心を空にした状態」だと申しましたが、
「深い静かな心」と言ってもいいでしょう。


この深い静けさを、禅ではふつう「空」と呼んでいます。


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「空」は、「無」とはちがい、
充実した生命感をあらわした表現だ、
とは感じています。


「無」と表現する人もいますが、
「無」は「有」の否定ですね。


「空」はむしろ「有」なんです。


ここのところは実際に瞑想を体験して、
それが喜びになってこないと、
わかりにくいところですが。


瞑想で「空」を感じたあとは、
なんともいえない幸福感に心がみたされてくるものです。


なんとなく、
生きていることが喜びになってくるのです。


そんなわけで、
「無」という言葉はつかわずに「空」という言葉をつかいたいのです。


瞑想のときの意識は、
睡眠時の意識ではありません。


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また、瞑想は夢をみているときのような意識でもありません。


また、ふつうの覚醒時の意識でもないのです。


瞑想のときに眠気を感じたとしたら、
眠気をはらうように一服の緑茶を飲むごとをお勧めします。


もしくは、眠気のないときをえらんで瞑想をするのがいいでしょう。


眠気と闘うという気持ちは、
瞑想とはあまりにもかけはなれたものです。


また、瞑想のときになにかを夢みたり、
想像することはまったくの間違いです。


想像とか夢を瞑想と考えている人もいますが、
それを正しい瞑想とは考えません。


瞑想は目を覚ましているときの意識とはちがいます。


ふつう目を覚ましているときは、
何かを考えたり、
思ったりしていることが多いものですが、
瞑想はなにも考えず、
なにも思わない状態なのです。



奈良の霊能者法瀧