11月20日(金)曇り
今日は、家の嫁はんが会社近くの病院で成人病検査をするとのこと。
「お昼ごはんおごって~。」の言葉に、「いいとこ連れて行くよ、おめかししといで~」と安請け合いしてもうた。

昼前、嫁はんから携帯にメールあり、待ち合わせの大阪ガス・本社前に向かう。

嫁はんから、「どこに行くのよ?」と問いに、「ここ(大阪ガス)のガスビル食堂や。」とわて。
。

嫁はんの顔色が曇る。

その後、急にプリプリしだした。
絶対、「なんで、食堂なん。家に帰ったらぶち殺す。」とか「一週間、晩飯無し」とか思っとるやろうな。
ビルの中に入り、ガスビル食堂専用エレベータに乗る。
エレベータが開き、アールデコ調の装飾のロビーと赤いふかふかの絨毯が目に飛び込む。
エレベータ横にいる予約係りの人に名前を告げると、奥から係りの人がやって来て、「○○様、お待ちしておりました。」と席にまで案内してくれた。

席についてから、ガスビル食堂についてのウンチクをしゃべり出す。
普段、ひとのウンチクなんかまったく聞きもしないくせに、このときだけは熱心に聴いている。
ここのビルは、大阪ガスが戦前に大阪の文化の発祥地として社運をかけて作ったもので、
海外から輸入にしたガス器具および調理器を広めることを目的とした。
当時このビルは、大阪の社交場として、映画館・エステサロン・料理教室・レストラン・バーを持っていた。
特にレストランは、東京の帝国ホテルからシェフを招き、食材は自前の農場を作り全てオーガニックとした。
戦前、フランス料理の学校は無く、良家の娘さんはこのシェフから1回1円の授業料を払い料理を学んだそうだ。
また、家族でこのレストランで食事をすることが、大阪でのステータスだったらしい。
いまでは料理は変わったらしいが、当時から変わらないものが、セロリとお皿とのこと。

席に座ると、一人1本このセロリが出てくる。わては嫌いやから、ちょびっとだけ齧る。
当時、この西洋野菜が珍しく、喜ばれた見たいや。

食器の全てが当時と同じデザインで、大阪ガスのシンボルフラワー・すずらんをデザインしてある。
あと、ポタージュの味が今でも帝国ホテルの味を保っているらしい。
