2001年宇宙の旅を見た。
スタンリーキューブリックが監督の作品は今までに『シャイニング』『時計仕掛けのオレンジ』の2作品を見たので3作目。
キューブリックの作品は見た後、どれもパズルのピースをいくつか抜かしたような、はたまたそれが逆に過剰にいれられたような感覚に陥るのでとてもクセになる。
2001年宇宙の旅は、事前知識全く無しで見たのでBGMの『ツァラトゥストラはかく語りき』が流れた瞬間に「あ~これが元ネタか~」なんて思った。世代的にはカップ麺のCMで『ツァラトゥストラ~』は知っていたので。
難しい映画であった。
モノリス、HAL9000、謎の空間、そして最後の胎児
キューブリック曰くこの映画は要するに要したところ「神について」らしい。それに加えて色々適当に集めた個人の感想やら考察と、それに自分の考えをいれて修正させたことをサクッと書いておく
*飽くまで個人の感想です
この映画で言いたいのは「神が人類を進化させていく過程」なのかなと感じた。
モノリスは、神が創った人類を進化させる道標のような装置または生物。
HAL9000VS人間との殺し合いの一幕がとても蛇足というか、いらないんじゃないかなと最初見て思ったけど、この映画は一貫して「同レベルの闘い→勝者がモノリスに出会う→進化」の形をとっているなと思った。
猿人の場合
水飲み場をめぐる闘い
↓
勝者の組みはモノリスに出会う
↓
武器を使う力を得る
↓
他のグループに圧倒的に勝つ
HAL9000とパイロットの場合
人工知能とそれを作った人類、どちらかを殺さないと殺される
↓
結果的にボーマン船長が勝ちモノリスに出会う
↓
急速に成長し、新人類として生まれ変わる
↓
地球を手に入れる
この、最後の手に入れるというのは正直表現として微妙なところで、例えば人によっては核兵器と、社会風刺な表現をしたりしているので実際のところはわからないしあまり僕自身もどうでも良いと思っているところではある。
もちろん、それこそ猿人の闘いにしても人工知能との闘いにしても表現はどうあれ単純明快な戦闘目的は「生きるための領土確保」だから社会風刺なんていくらでもできるし、実際キューブリックもそう思って作ったのかもしれないし、そうやって考えてみるのも面白いかもななんて思う。
何にせよ、この『どんな形態であろうと、どんなに規模が大きくなろうと、弱者と強者がそこには存在して限りなく進化は続いているが、それを繰り返されていり』というのが感じられて、映画の最後の胎児もあれで終わりなのではなくその流れはこれからも続いていくのかな、と思ったところで僕はこの映画を終わらせた。
なんで2001年なのかが気になる。
そういえば、機動戦士ガンダム00の映画『機動戦士ガンダム00 A wakening of the Trailblazer-』も未知生物だったり、木星だったり、最後のスターゲイトのシーンなど凄く重なる部分が多くて個人的には面白かった。