長女は小学生になっても入退院を繰り返し院内学級へ行ける事になり弟達も次男は幼稚園の延長保育で6時過ぎまで見てもらい その後最終バスで自宅近くの停車場まで送ってもらい長男は学校の学童保育を利用して6時位まで見てもらっていました
病院からお迎えの時間に一度家に帰り下2人のお迎えをして家の鍵を閉めてガス台にロックをかけて
電車好きの長男タイヤ好きの次男にひたすら色んな電車が走る2時間のビデオをつけてピンポン鳴っても出なくていいと教えて電話線は抜いて 往復1時間半面会
1時間で長女に会いに行ってました 高台にある
病院で病室も8階で窓からの見晴らしが良く消防車が我が家方向に行くのが見える度にドキドキして
いました 今聞くと恐ろしいですよね何も無かったから良かったものの毒親もひどいものです 帰ってくると二人とも爆睡していました 寝顔に謝る日々です 時には病院に連れてきて小児病棟の入り口のベンチで待たせたりしてここでも自由奔放な次男に長男はクタクタで弟の事がキライになってしまいました
長女ですが転職しその会社の代表の方から英語の勉強がてらコンパニオンの仕事の誘いを受けケメ子はそれって大丈夫?と心配しましたが長女は絶対大丈夫ちょっとでも触られたらお盆ひっくり返して辞めていいと言われ、本当に何もなく破格の時給でバイトしていましたなんだかんだ長女はラッキーだなとケメ子は思っていました
バイトの中で連絡先の書いたメモを渡されたりもしたようですがこなれた感じのする人は避けていると言い ある日細いネクタイが流行っていた中お父さんのネクタイしてきた?と言う感じの今の旦那さんに出会い外で会ってみたらエスコートもぎこちない彼に好感を持って何度か会ううちにちゃんと付き合って下さいと申し込まれ付き合う事に
半年ほどお食事デートを重ね親に挨拶したいと我が家に酸素吸入をしている私とご対面 その後何ヶ月か過ぎた後お試し同棲をしたいので許可を得たい 自分の親にも紹介したいので高知に連れて行きたいと 娘から全く聞かされていなかったのでびっくりして子供は一度出したら戻って来ないと思ってたので散々ひどい目にあわせたのに寂しくて寂しくて夫は反対はしないから好きにしていいと許可しました ケメ子は1年も2年もずるずるするのは良くないから長くても1年で結婚するなり別れるなり決めるよう言いました
その後7ヶ月後にプロポーズを受け結婚
仕事もまだ続けていました。コンパニオンのバイトは流石に辞めました。
旦那さんの勤務先が大手商社と知り高卒のケメ子と専門学校卒の夫が両親では家柄が違い過ぎるし、将来子供を持った時出来が悪いと長女のせいにならないかと心配していました こちらの不安とは反対に今時な御両親は息子が決めたならと歓迎して下さりパナソニック障害をお持ちのお義母さまは顔合わせも無くてもいいとおっしゃり今だに会った事がありません その後2年後に女の子を出産し ケメ子はとても面倒を見られる状況でないので旦那さんが育児休暇を10ヶ月取り、2人と東京都の手厚い補助で月に何回か子供の面倒を見に来てくれました病院に比較的近い所にマンションを借りてくれたので入院すると会いに来てくれましたコロナもあって病棟には入れないのでエレベーターホールのベンチまで出て行ってそこで孫に会ってました。
旦那さんが見てくれてる時には娘だけが部屋まで来て色々手伝ってくれ助かりました。その後仕事復帰した旦那さんはリモートでの仕事を選んでくれ、大事に子育てしていました
爪の垢を飲んだ方がいいケメ子です
寝ないし何しても泣くしイライラしないの?と長女に聞くと「私が今までに大きな声で怒ったり、態度に出したりした事ないでしょ?赤ちゃんってこんなもんだと思ってる」この子人生何周目?ケメ子の魂はまだ若く修行が足りない長女の魂は成熟して人生何周も経験してるに違いないと実感 先輩!
自宅の目の前の保育園に娘を預けられる事になり長女は入院中の私に会えるように農学部の教授の秘書に転職し、お昼休みや4時頃仕事が終わるのでこのちょっとした隙間に会いに来てくれました仕事で遠回りをしたせいか旦那さんが希望していた海外赴任は後輩にどんどん先を越されやっと去年ロンドンに赴任となり、長女と孫も遅れてロンドンへ旅立ちました。
今回も長くなりました次は次男の話をしたいと思います
お付き合いありがとうございます