先日、気になっていた蕎麦屋にランチに行ってきました。
開店の10分前に到着すると、すでに高齢の男性が1人、店の前で待っていました。
仕事はリタイアされているのか、どこか余裕のある雰囲気。
「毎日こんな時間を過ごしているのかな」と、少し羨ましく感じました。
開店と同時に入店。
小さなお店なので、あっという間に満席に。
私は定番の蕎麦を注文しました。
一口食べてみると、なかなかの歯応え。
コシが強いというか、少し独特な感じ。
「こんなものかな?」と思いながら食べ進めていると、最初に入店した男性が席を立ちました。
やけに早いなと思い、ふとその席を見ると――
蕎麦がほとんど残っている。
おそらく、好みの味ではなかったのでしょう。
「美味しくないと思えば食べない」
シンプルですが、なかなかできることではありません。
一方の私はというと、
貧乏性なのとバカ舌なのもあって、
「蕎麦の香りもしない気がするし、
大したことない気もするけど、
まあ美味しいような気もする
」
そんな曖昧な感想のまま、しっかり完食しました。
どちらがいいのかは分かりません。
満足できないものは切り捨てる潔さ。
それもかっこいい。
でも、多少微妙でも最後まで食べて、
「まあこんなもんか」と受け入れる。
それもまた、一つの幸せの形かもしれません。
幸せのハードルが低いのは、案外悪くない。
そんなことを思ったランチでした![]()


