ゴールデンウィークで世の中が浮かれているこのタイミングに、少し重たい内容かもしれないが、録画していたNHKスペシャル「月の町 タルトンネ」を観た。

韓国のスラム街の立ち退きをめぐるドキュメンタリーだ。

韓国は日本よりも貧富の差が大きいと言われるが、その象徴のような場所だった。
道を一本挟むと、高級住宅地とスラム街が隣り合わせで存在している。


驚いたのは、スラム街に隣接する高級住宅(マンション)の価格。
紹介されていた物件はなんと3億5千万円びっくり

これでもスラム街に面しているため比較的安価な物件とのこと


一方で、そのスラム街に残る人たちは立ち退きの補償を求めている。
ソウル市は安価な賃貸住宅を用意するらしいが、中には「持ち家の提供」を求める人もいるらしい。

正直、そこまでいくと図々しいと感じてしまう。


ただ一方で、そう簡単に割り切れない現実もある。

教育をほとんど受けておらず、年齢を重ね、電車の乗り方すら分からない人もいる。
「働けばいい」と言うのは簡単だが、そもそもそのスタートラインにすら立てていない人たちもいる。


基本的には自己責任。
これは間違っていないと思う。

でも、100メートル走で最初から“マイナス100メートル”の位置に立たされている人を見ると、さすがに単純な自己責任論では片付けられないとも感じる。

ヤングヘルパーも同様だ。


図々しい要求には「それは違うだろ」と思う。
でも、「この人を切り捨てていいのか」と思うケースもある。

この“ちょうどいいバランス”が、とにかく難しい。


自分のことを振り返ると、裕福ではないがごく普通の家庭で育った。

塾に行きたいと言えば行かせてもらえたし、仕送りも少なかったが大学院まで進学させてもらった。

当時は、大学で出会った同級生の多くが私立の中高一貫校出身だったり、さらにその大学専門コースの予備校に通っていたと知った時は、

「そんなにお金をかけて環境整えてもらってたら合格して当たり前だろ」

なんて思っていた。

仕送りも高額でバイトをする必要もない同級生が羨ましかった。


でも今になって思う。

普通の公立高校でも普通の塾でも行かせてもらえた時点で、自分も十分に“ゲタ”を履かせてもらっていた側だった。


努力はもちろん大事。
でも、その前提となる環境や運も、かなり大きい。

だからといって、全部を社会のせいにするのも違うし、全部を自己責任にするのも違う。

たまには立ち止まって考えるのも、悪くないかもしれないニコニコ