北の方は下襲(したがさね)を裁って、自ら落窪へと持ってきた。

姫は驚いて起き上がり、几帳の外に出た。

北の方が見ると、表の袴(うえのはかま)もまだ手付かずに置いてあった。

北の方は頭に来てしまった。

「まだ手を触れてすらいなかったのね。もうとっくに出来たものだと思っていたのに。ああ、おかしなこと。私の言いつけが、こんなにも侮り軽んじられたなんて。最近あなたは心が浮ついて、ずいぶん不真面目になって、化粧だのお洒落だのばかりに気がむいいているみたいだねぇ。」

そう責められて、姫は返事に困ってしまった。

「気分が悪しゅうございましたので、しばらく手をつけられなくて・・・。表の袴はすぐに仕上げますから、どうか今しばらくお待ちください。」

そう言って、おどおどと表の袴を引き寄せた。
「まるで暴れ馬に触れるみたいにびくびく触るんじゃありません!人手が足りないからこそ、こうしてあなたにお願いしているのです。そう、あなたみたいに承知ばかりしておきながら何もしない人に頼むのはね!この表の袴はもちろん、下襲もすぐに仕上げられなければ、この屋敷から出て行ってください!」
腹が立つままに言葉を吐き捨てると、北の方はふと少将が脱ぎ捨てた直衣(のうし)を見つけた。

「おや、この直衣はどこの誰のものです?」
姫の部屋に直衣がある。おかしいと思い北の方は立ち止まって聞く。

几帳の裏には少将がいるが、まさかそれを言うわけにもいかない。

「よその方が、縫ってほしいとよこしたものです。」

阿漕は困ったと思いながらも、苦しい言い訳をした。

「そう。よその縫い物を優先して、ここの縫い物はどうでもいいと思っているのね。あなたのするべきことは何?この屋敷の縫い物をすることでしょう?これじゃ、あなたがここにいる意味がないじゃない。ああ、馬鹿馬鹿しい。」
そう不平不満をもらして帰る後姿を、少将はまたしてもこっそりと観察していた。

子供をたくさん産んだので、髪はずいぶんと抜け落ちて、十筋ばかりが腰の辺りまで短く垂れていた。
(けっこう太ってるなぁ。見苦しい。)
少将はそんなことをつくづく考えながら、几帳の隙間から観察していた。

 

姫は、もう無我夢中で縫い物の生地に折り目をつけていた。

しかし少将はそんな姫の着物の裾をつかんだ。

「まあまあ、こっちへいらっしゃい。」

少将はそう言って、姫を几帳の中に引きずり込んだ。
「ああ、憎ったらしいったらありゃしない。あんなもの縫わないで放っておきなさい。今少しばかり事を荒立てて、泡を食わせておやりなさいな。あの言い草ときたら、なんです。もう何年もあんなことを言われていたのですか?よくもまあ、耐え忍んだものです。」

少将がそう言うと、姫はただ

「わたくしは『山なし』、身を寄せる場所がないのですから。」

世の中を うしといひても いづこにか 身をば隠さむ 山なしの花

どんな苦しい境遇にあっても、姫はこの屋敷以外に居場所がなかったのだ。

 

 

 * * * * *

 

 

以前は北の方が慇懃に鏡箱を取っていったのを見ただけの少将ですが、今回でその本性を知ることになります。

北の方は、落窪姫が他に頼る人がいないのをいいことに「追い出すよ」と脅しては針仕事をさせていたのです。

着物なんかそろえなくても、ここに置いてあげるだけで十分でしょう?というわけです。

一方、姫は自分の針仕事を誉められたことがなく、北の方が内心その一流の腕前を大事に思っていることを知りません。
頼りにされていると思えばこそ強い態度に出ることができますが(この姫はできそうにありませんが・・・。)、そうでなければ「仕方なく置いてもらっている」身の上、北の方の言う事に従うしかありません。

 

そして少将、危機感ゼロ。

几帳の裏から高見の見物(?)、この前は「口元のあたりなんかは愛敬があって魅力的で色っぽいな。まぁ綺麗か。(第27話 )」なんて言っていましたが、今回は「髪がうすくて、小太り、見苦しい」と言っています。

本当にそうなのか、北の方が憎ったらしくて少将が客観的に物を見れなくなっているのか。

どの道少将は、行き場のない愛しい姫を、何とかしたいと思っているようです。

 

 

↓髪が抜け始めた北の方に。

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日本の女性は美しいんだそうですよ。