北条の戦国一広い城の総構え

城の周囲を防衛するために堀と土塁で囲んだ9km

 

細かに刻みながらですが

1周しようと意気込んでいます。

 

すでに紹介した山ノ神堀切→早川口遺構

 

 

下図ダウン赤いラインを歩いていますが

今回は右下黄色のライン

北条稲荷から渋取の案内板まで

歩いてみました。

 

スタートは北条稲荷

総構えの山王口です。

 

小さいながら北条に関連ある神社

あちこちに家紋を見ることが出来ます。

 

 

 

神社の由来は!?

この北条稲荷は北条三代目・氏康が現在地に勧請したと伝わっていますが

小田原城総構えの山王口にあることから

城の東方・山王曲輪の鎮護の社として祀られた可能性もあります。。

 

神社にある蛙石ダウンダウンにはこんな伝説があります。

小田原に異変がある時は泣いて予告。

小田原城落城の際は

夜な夜な盛んに泣いたと言われているんです。

 

では北条稲荷をあとにして総構えを歩いてきます走る人走る人

国道1号に出て道路を横断。

 

そこには小田原城址江戸口見附の看板

総構えの最東端です。

 

この道を歩いて行くと

住宅街にひょっこり土塁の柵。

 

蓮上院土塁です。

 

なぜか土塁にデコボコ

 

説明文を読んでみると

 

このデコボコは太平洋戦争時の爆弾の跡。

昭和20年の小田原空襲で投下された爆弾の1つがここに着弾。

土塁を大きく損傷させました。

 

戦国時代の小田原北条氏が築いた土塁に

昭和時代の太平洋戦争の傷跡がのこる

ここは大変貴重な史跡と言えます。

 

では蓮上院土塁をあとに歩いて行きます。

ここからは住宅街。

遺構はまったくありません。

総構え跡と思われる道をテクテク走る人走る人

 

 

そしてこの日のゴール。

小田原城総構~渋取~の看板です。

 

今回歩いた総構えはこの部分ダウンダウン

山王口から蓮上院土塁を経由

現在地とある場所までとなります。

 

小田原合戦時、この場所を囲んで陣を張ったのは徳川家康

外側に家康はじめ井伊直政・榊原康政・・と

徳川オールスターズがいたと思うと感慨深い照れ照れ

 

ここまでで前回を含めて総構え1/2周くらい。

あと2~3回となりそうですが

また小刻みに分けて総構えを歩きたいと思います走る人走る人