戦国最大の土の城と言われる
北条時代の小田原城。
9kmの堀と土塁で城の周囲をグルリを囲んでいました。
この総構えを一周しようと何回かに分けて歩いており
現在ここまで![]()
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右下の北条稲荷から左下の早川口遺構まで歩いてきましたが
海側を歩く前にもう一度初回に歩いた
小峯御鐘ノ台までを歩いてきました![]()
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初回で紹介出来なかった点も含めてもう一度御紹介します。
初回分岐点がこの看板
このそばに駐車場が見え
駐車場からは
海と城のこんな景色![]()
が見られます。
今は小田原の中心地ですが
400年前はここすべてが北条の小田原城。
改めてその大きさを実感![]()
駐車場をあとに進み
次に目に入るのは総構えの案内板。
山の神堀切方向ではなく
案内板がある方向へ下りていくと
こんなゲートが見えます。
ここを入れば堀底から総構えが見られる~![]()
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誘惑に駈られて中に入ろうとしましたが
ちょっと待って![]()
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入口にはこんな看板![]()
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「私有地につき、進入及び通り抜けはお断り」
入りたい気持ちをぐっと抑えて
門外から総構えの土塁を撮影。
来た道を戻り山ノ神堀切へ
改めて、スゴい高さの土塁だ~と感激![]()
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次の稲荷森でも同感。
ここは何度見ても大感動。
堀底に下りられないのが残念です。
そして小峯御鐘ノ台東堀へ
隣接している城山公園では
城側の東堀土塁が見られます。
今は道路となっている
御鐘ノ台中堀跡も歩いてみます。
この道![]()
の右側が御鐘ノ台西堀・左側が御鐘ノ台東堀。
写真左奥に車止めがあるのが分かりますか![]()
ここから東堀方向に行けそうなので行ってみます。
まるで堀底![]()
ですが
あくまで土塁が断ち切られているだけ。
進むと東堀に突き当たり![]()
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ここから見た東堀の深い底と高い土塁。
総構えの強硬さ物語っています。
御鐘ノ台の堀は三本の空堀で構成されているので
敵兵なら
西堀突破![]()
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中堀突破![]()
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そしてこの深い堀と高い土塁の東堀を突破しなければならない![]()
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負ける気がしない
だからこそ秀吉に戦いを挑み、そして滅んだ北条ですが
秀吉が小田原城を囲むのではなく攻めていたら
結果は違っていたかも・・・。
総構えを見て行くとそう思わずにはいられません。
歴史に「たら・れば」はありませんが、
攻めてくれたら絶対負けなかった![]()
それだけスゴい総構えです。
おまけに当時の堀底は障子堀![]()
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堀に落ちたら逃げられない。
敵兵にとって絶対絶命の堀![]()
を作り上げていたんです。
残念なことに小田原合戦敗北により
北条の小田原城は徹底的に破却。
障子堀は下に埋まってしまい
現在、小田原で障子堀を見ることはかないません。
ではどこで![]()
同じく秀吉の小田原征伐で落城となりましたが
山中城なら北条の築城技術である障子堀がはっきりと残っています。
それは行かなきゃ![]()
と
次は山中城です。
北条の築城技術をたっぷりと御紹介します。



















