こんばんは、おちゃぶです。




さきほど、テレビでドラゴンボールの映画をやっていました。


タイトルは『ドラゴンボールZ battle of gods 神と神』です。


なぜこの映画のことを書くかといいますと、完全に内容がスピリチュアルだったからです。




ストーリーは、地球を破壊するためやって来た「破壊神ビルス」に対し、孫悟空がスーパーサイヤ人ゴッドになって立ち向かうというもの。




まず「破壊神ビルス」ですが、これはもう完全に惑星ニビルのことですね。


ニビルについてはいろいろ思うところがありますので、後日また記事を書こうと思います。




そして、主人公の孫悟空は、スーパーサイヤ「人」から、スーパーサイヤ人ゴッド(「神」)へと進化を果たしました。


人から神へ。


入神ですね。




こうして、地球を救う正義のヒーロー(光の神)と破壊神(闇の神)、二人の神が対峙するわけです。





さて、話は変わりますが、半田広宣さんの著作に、『2013:人類が神を見る日』
という本があります。


この本のタイトル、当初は『2013:神が神を見る日』にする予定だったそうです。


しかし、それだとあまりにも難しいため、出版社の意向で今のタイトルに変えられたんだそうです。




「神が神を見る」ということについて、半田広宣さんと中山康直さんの共著、『反転の創造空間《シリウス次元》への超突入!』
から該当する部分を引用させていただきます。


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もともと、「神が神を見る日」というフレーズは、ユダヤ神秘主義の中では「アイン・ソフ」と呼ばれているもので、カバラ神学の神髄なんですよね。生命の樹の一番上のケテルというセフィロートの中に、三角形で六芒星が描いてあります。その六芒星の上向きと下向きの三角形が交差するところが、アイン・ソフ、つまり神が神を見るところなんです。そして、その真ん中にアイン・ソフ・アウルというのがあって、これが存在の無量光としての神の目を意味しています。そこで至高の三位一体を築いている。「神が神を見る日」というのは実はそこからとったんですけどね。(半田さん、p85より)




伊邪那岐・伊邪那美はアマテラスを産んだけど、最初にヒルコが生まれた。言ってみれば、光に対しての影のような存在も同時に生まれるわけです。そう考えると、闇と光とか、善と悪という働きは何のためなのか。MANAKAリアリティーでは、善と悪の戦いは本質的にはあり得ないとしています。実際に善と悪は常に戦っているようなイメージを植え付けられているだけで、決して戦っているわけではなく、ダンスを踊りながら、行ったり来たりと振り子のような運動をしているのです。それは破壊あっての創造であり、創造あっての破壊であり、破壊と創造の戦いはあり得ないように、破壊の神と創造の神の舞踏なんですね。まさに「神の正面にいる神」と出会う瞬間です。(中山さん、p215~p216より)


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とまあこんな感じで、神と神の対峙というのは宇宙創造の根源に関わる話なんですね。そして、人間が実は神であったことを思い出す意識の反転への流れが、2013年から始まったということのようです。


この辺り、興味のある方は同書をお読み下さい。


(ちなみに、半田さんはニビルやアヌンナキのことをバッサリ切り捨てています・・・)




そんなわけで、悟空とビルスの対峙もこれらの象徴として描かれたのでしょう。この映画の公開が2013年だったのも、決して偶然ではなく、意図的なものでしょう。




他にも、スピリチュアルな要素はまだまだありました。




まず、スーパーサイヤ人ゴッドになる条件。これは、他のサイヤ人が一人のサイヤ人にパワーを送ることでその一人がスーパーサイヤ人ゴッドになれるというもの。


これまでのドラゴンボールの世界観では、各々が修行して強くなっていき、誰がイチバン強いのかを戦って競い合っていました。


それが一転して、サイヤ人同士が協力し合うと神になるという、調和の世界観となったのです。


これについて、悟空のセリフが印象的です。


「悔しいな、こんな世界があったなんて。自分一人の力だけじゃここに到達することはできなかった。」


競争から調和へ、分離から統合へ。


ここにもスピリチュアルの大きなテーマが描かれていました。




そして、ラストの結末。


ビルスはとても強く、神になった悟空でも倒すことはできませんでした。


しかし、悟空や仲間たちを通して地球の可能性を目の当たりにしたビルスに、地球の破壊を止めさせることに成功しました。


これについても、これまでの世界観では正義のヒーローである悟空が悪者を倒しておしまいという勧善懲悪のストーリーだったことからすると、一転していますね。


おそらく、日月神事でいう「悪を抱き参らせる」を描きたかったのだと思います。




というわけで、以上、劇場版ドラゴンボールを見て思ったことを書いてみました。


もともと、ドラゴンボールの漫画自体がスピリチュアルな要素を多く含んでいたので、原作者の鳥山明はやはり何か知っている方なのですね。




そんな鳥山明さんですが、最近はNPO法人田園社会プロジェクトという団体に協賛されており、農業の大切さを教える漫画
を描かれたりして活動されているようですよ(*^▽^*)