どんなひとに対して自分は好感を持つかをふと考えていた。
考えるとはなしに考えていた。
小学校高学年の頃の担任が好きだった。
あるときその先生は、「なんでこんなに私も一生懸命みんなのことを考えてるのにわかってくれないの」という、先生らしくないことを言って泣いた。
その泣き方は、先生というよりもひとりの女の子のそれだったことを強く覚えている。
高校の英語教師が好きだった。
そのひとは、他の先生のように全知全能ぶり強権振りかざしたりはせずに、言わば限知限能で、だからこそ向学心は現役の高校生にまったくひけをとらなかった。
大学のゼミで唯一心を許せた友がいる。
二浪してる歳上のひとで、物腰も落ち着いていて頼りになる存在だった。
ただひとつ、お水に通っていたことを除けば偶像的なひとだった。
新卒で就職したときの上司と先輩が好きだった。
上司は一見クールに見えるが、くだらないことが大好きでドラクエファンだった。
先輩は一見オラオラ系に見えるが、それは自分の幼少期からの承認欲求に由来するものだと語った。
転職先の社長は、初めは好きではなかった。
忙しいときはイライラしがちで、自慢したがりで、かまってちゃんだということがだんだんわかってきて、印象が変わった。
どう見えても聞こえても、みんな同じひとりの人間なんだなと感じることができたとき、私は相手を気に入る(または相手の印象がよくなる)らしい。
自分もどこかで相手にそう感じさせることができていれば心を開いてもらえるだろうし、そうでなければお互いに心地の良い関係は築けないのだろうと思った。
考えるとはなしに考えていた。
小学校高学年の頃の担任が好きだった。
あるときその先生は、「なんでこんなに私も一生懸命みんなのことを考えてるのにわかってくれないの」という、先生らしくないことを言って泣いた。
その泣き方は、先生というよりもひとりの女の子のそれだったことを強く覚えている。
高校の英語教師が好きだった。
そのひとは、他の先生のように全知全能ぶり強権振りかざしたりはせずに、言わば限知限能で、だからこそ向学心は現役の高校生にまったくひけをとらなかった。
大学のゼミで唯一心を許せた友がいる。
二浪してる歳上のひとで、物腰も落ち着いていて頼りになる存在だった。
ただひとつ、お水に通っていたことを除けば偶像的なひとだった。
新卒で就職したときの上司と先輩が好きだった。
上司は一見クールに見えるが、くだらないことが大好きでドラクエファンだった。
先輩は一見オラオラ系に見えるが、それは自分の幼少期からの承認欲求に由来するものだと語った。
転職先の社長は、初めは好きではなかった。
忙しいときはイライラしがちで、自慢したがりで、かまってちゃんだということがだんだんわかってきて、印象が変わった。
どう見えても聞こえても、みんな同じひとりの人間なんだなと感じることができたとき、私は相手を気に入る(または相手の印象がよくなる)らしい。
自分もどこかで相手にそう感じさせることができていれば心を開いてもらえるだろうし、そうでなければお互いに心地の良い関係は築けないのだろうと思った。
なんでもかんでも震災と関連付けるのはよくないことだと思うけれども、実際にそう感じたのだからそうさせてもらう。
震災後、とくに好きになった文化人が何人かいる。
東浩紀、國分功一郎、高橋源一郎(敬称略)。
前二者は、哲学者(東さんは小説家でもある)。
東さんを好きになったきっかけは『思想地図β2』。
國分さんを好きになったきっかけは『暇と退屈の倫理学』。
そしてお二人の掛け合いを初めて見たのが、ニコ生思想地図。
哲学に対して前々から持っていた私なりのイメージは、敷居が高いが(というかそうであるからこそ)手なづけていたらなんだか知的でかっこいいよな、というもの。
見栄をはって、哲学書(とはいっても岩波文庫とか)を読み続けていた時期もあるが、まったくもってわからなかった。
業界独特のジャーゴンがまずもって無理だった。
その印象が、前二作を読んでがらっと変わった。
哲学は固有の学問的対象を持たないゆえ、開かれた学問であるという認識の下で、私のような哲学に疎い読者にも届く対象とことばで、思索を繰り広げていく。
そこで取り上げられている題材は、では哲学的に無価値かというとそんなことは決してない(らしい)。
それぞれの著作を読んだときの心の震え方というか共振は今でも覚えている。
そんなお二人が語らい合っているのをニコ生で結構前に見た。
今日、暇だったのでたまたま気が向いて見直していた。
かっこつけることなく、自分が率直に「これこそ哲学的に世の中で今一番必要とされていることじゃね?」と感じていることについて、思いのたけをぶつけ合う姿は、ときにばかばかしくて、でもときにとても魅力的に見える。
見ている、聞いている方も楽しいのだけれど、きっと当人たちは視聴者の何倍も楽しいのだろう。
リミッターを全て解除し、自分を開いた時にひとが放つ魅力はかくも大きいのかと感じた。
「哲学はどんな学問よりも実利的である」という考えを前提として共有しているお二人だからこその対談だったように思う。
思えば自分も教壇に立ちながら、「試験で点数を取る方法なんて、人生という長い目で見たらほんの一瞬の役にしかたたないんだから、くだらない」とときどき思ったものだ。
だからこそ、そのことはそのまま生徒たちに伝えていた。
今教えていることは受験が終わったらすぐに忘れなさい、と。
もっとほかのことに心も身体も使いなさい、と。
さて、高橋源一郎さん。
震災前は高橋さんの「小説」しか読んだことがなかった。
震災後、高橋さんの「小説以外の文章」をよく読むようになった。
個人的に、高橋さんの書く「小説以外の文章」で心打たれなかったものはひとつもない。
どの著作につけても、学者のように、文壇のように、エラそうにしない。
齢60程の方が、その半分も生きていない私や、もっと若い大学生たちに向けて書物を書き、または講義をするとき(今は明学の教授をしている)に、「教える」ということをしない。
「ともに考える」ということを徹底する。
だから、わからないことはわからないと平気で言うし、平気で書く。
でも、だからこそこのひとは信用できると、一瞬で感じた。
大隈講堂へ講演を初めて聞きにいったときも、「講演」というよりは「近所のじいさんの世間話」という空気で語っていた。
もちろん語る内容やことばは「近所のじいさん」とは異なるけれど、醸し出す空気の質感、距離感はほんとうに居心地のいいものだった。
どこかで内田樹さんも言っていたが、「ひとは自分のことを可能の語法で語ることが多いが、それよりも不能の語法で語れることの方が、そのひとの魅力をかきたてる」(うろ覚えなので間違っていたら申し訳ないが)。
不思議なことに(もしかしたら特に不思議なことではないかもしれないけれど)、お三方の文章やことばは、真夏にとても喉が渇いたときに飲む冷たい水ととてもよく似た印象をうける。
別に冬でもかまわない。
冷えたからだに流し込む真冬の缶コーヒーでもいい。
それ以外にいい表現が浮かばないけれど、そうした言い方が一番しっくりくる。
東さんは、「震災をきっかけに、それまではサービスとして付き合いでやっていたことが、もうどうでもよくなってしまったから、つまらないことはやらないことに決めた」と言っていた。
なんだか似た感覚を自分も持っていたように思う。
つまらないとまでは言わないけれど、「なんか違うな」と思いながらも惰性で続けていたことを、「そうだ、もう終わりにしよう」と思い退職したのだった。
宮沢賢治ではないけれど、そういうもの(たちのよう)にわたしはなりたい。
震災後、とくに好きになった文化人が何人かいる。
東浩紀、國分功一郎、高橋源一郎(敬称略)。
前二者は、哲学者(東さんは小説家でもある)。
東さんを好きになったきっかけは『思想地図β2』。
國分さんを好きになったきっかけは『暇と退屈の倫理学』。
そしてお二人の掛け合いを初めて見たのが、ニコ生思想地図。
哲学に対して前々から持っていた私なりのイメージは、敷居が高いが(というかそうであるからこそ)手なづけていたらなんだか知的でかっこいいよな、というもの。
見栄をはって、哲学書(とはいっても岩波文庫とか)を読み続けていた時期もあるが、まったくもってわからなかった。
業界独特のジャーゴンがまずもって無理だった。
その印象が、前二作を読んでがらっと変わった。
哲学は固有の学問的対象を持たないゆえ、開かれた学問であるという認識の下で、私のような哲学に疎い読者にも届く対象とことばで、思索を繰り広げていく。
そこで取り上げられている題材は、では哲学的に無価値かというとそんなことは決してない(らしい)。
それぞれの著作を読んだときの心の震え方というか共振は今でも覚えている。
そんなお二人が語らい合っているのをニコ生で結構前に見た。
今日、暇だったのでたまたま気が向いて見直していた。
かっこつけることなく、自分が率直に「これこそ哲学的に世の中で今一番必要とされていることじゃね?」と感じていることについて、思いのたけをぶつけ合う姿は、ときにばかばかしくて、でもときにとても魅力的に見える。
見ている、聞いている方も楽しいのだけれど、きっと当人たちは視聴者の何倍も楽しいのだろう。
リミッターを全て解除し、自分を開いた時にひとが放つ魅力はかくも大きいのかと感じた。
「哲学はどんな学問よりも実利的である」という考えを前提として共有しているお二人だからこその対談だったように思う。
思えば自分も教壇に立ちながら、「試験で点数を取る方法なんて、人生という長い目で見たらほんの一瞬の役にしかたたないんだから、くだらない」とときどき思ったものだ。
だからこそ、そのことはそのまま生徒たちに伝えていた。
今教えていることは受験が終わったらすぐに忘れなさい、と。
もっとほかのことに心も身体も使いなさい、と。
さて、高橋源一郎さん。
震災前は高橋さんの「小説」しか読んだことがなかった。
震災後、高橋さんの「小説以外の文章」をよく読むようになった。
個人的に、高橋さんの書く「小説以外の文章」で心打たれなかったものはひとつもない。
どの著作につけても、学者のように、文壇のように、エラそうにしない。
齢60程の方が、その半分も生きていない私や、もっと若い大学生たちに向けて書物を書き、または講義をするとき(今は明学の教授をしている)に、「教える」ということをしない。
「ともに考える」ということを徹底する。
だから、わからないことはわからないと平気で言うし、平気で書く。
でも、だからこそこのひとは信用できると、一瞬で感じた。
大隈講堂へ講演を初めて聞きにいったときも、「講演」というよりは「近所のじいさんの世間話」という空気で語っていた。
もちろん語る内容やことばは「近所のじいさん」とは異なるけれど、醸し出す空気の質感、距離感はほんとうに居心地のいいものだった。
どこかで内田樹さんも言っていたが、「ひとは自分のことを可能の語法で語ることが多いが、それよりも不能の語法で語れることの方が、そのひとの魅力をかきたてる」(うろ覚えなので間違っていたら申し訳ないが)。
不思議なことに(もしかしたら特に不思議なことではないかもしれないけれど)、お三方の文章やことばは、真夏にとても喉が渇いたときに飲む冷たい水ととてもよく似た印象をうける。
別に冬でもかまわない。
冷えたからだに流し込む真冬の缶コーヒーでもいい。
それ以外にいい表現が浮かばないけれど、そうした言い方が一番しっくりくる。
東さんは、「震災をきっかけに、それまではサービスとして付き合いでやっていたことが、もうどうでもよくなってしまったから、つまらないことはやらないことに決めた」と言っていた。
なんだか似た感覚を自分も持っていたように思う。
つまらないとまでは言わないけれど、「なんか違うな」と思いながらも惰性で続けていたことを、「そうだ、もう終わりにしよう」と思い退職したのだった。
宮沢賢治ではないけれど、そういうもの(たちのよう)にわたしはなりたい。
