楽しいことだけを数珠のように紡いで生きてられるはずがないんだよ、特に僕はね。
新世紀エヴァンゲリオンより

27都市目
ボスニアヘルツェゴビナ、モスタル。

ユーゴ紛争の傷跡を見ておきたいと思ってボスニアを訪れた。
当初はサラエボに行く予定だったが、ブダペストからのアクセスが悪く諦め、ドブロブニクから近かったのとアンダンテホステルの人からもモスタルを勧められたのでここを訪れた。

それが正解だった。

復興が進んだ旧市街の石の街並みは綺麗で、中でも街の象徴であるスターリーモストもさらに美しく際立っていた。

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ユーゴ紛争はたった20年前の出来事だ。つまりある程度の年齢の人なら戦争を知っているのだ。

バスがモスタルに着いたのは夜の8時頃。
バスターミナルは真っ暗でホステルまでの道が不安だったが、
戦争の痛みを知る平和を願うこの人達が悪いことするはずないと思い半分安心して宿に向かった。

宿は親子が経営するホステル。
とてもいいお母さんがいて紅茶をご馳走してくれた。
ありがとうを知っていたし。


セルビア主導のユーゴスラビアから独立をしようとした各国とそれを弾圧しようとしたセルビア。

街には幾つもの銃痕と崩れた建物がある。
確かにここで紛争があったのだ。

街のミュージアムの映像で紛争の状況を見たが、スターリーモストにミサイルが直撃する映像は衝撃的だった。

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当然人も沢山被害にあった。
この紛争で20万人もの人がなくなった。街やバスの車窓などで多くの墓地を見た。

天気も雲行きが怪しく、またそれが街全体を悲しい雰囲気に醸し出させていた。


スターリーモストの橋の近くには「DON'T FOGET」の石碑があった。

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そうだ忘れてはいけない。
いつか日本のように終戦60年がたち、戦争経験者の人や政治家も少なくなり日本として意識が少なく
なっている。
確かに中国、韓国、北朝鮮の同行を鑑みると国防は重要だ。
中国による領海侵犯や韓国による竹島の実行支配は国際ルールを完全無視したものだ。
対話が通じない場面も多々あるのはわかる。

ただ日本は忘れてはいけない。
日本は世界で唯一核爆弾を経験し、戦争のおぞましさを知っている国だ。
そんな僕らが戦争をまたすることはあってはならない。

街には日本のODAで寄付された路線バスが走っている。
バスの車体には日の丸の国旗が記されている。

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本当に日本はなんて国なんだ。

JICAのHPをチェックすると世界で中で途上国の支援をしている。

そんなこと多くの日本人は知らない。
世界から感謝されているというのに。

僕は改めて思った。

より多くの人に世界を見てもらい日本の素晴らしさを実感してもらうとともに、次世代の人達が胸を張って愛せるような社会作りを仕事としてしたいと。

それはもう揺るがない。

あとは形としてどうするかが、この旅に残されたテーマだ。

あと1ヶ月。


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出会いに理由はなくても別れには理由があるってことさ
エヴァンゲリオンより


25.26都市目 ザグレブ、ドブロブニク

ブダペストから6時半発のバスでザグレブまで4時間。1900円。
早起きは嫌だったけど1便しかないということで致し方ない。

ザグレブからドブロブニクまでは約11時間で2500円前後。
安いとはいえまた戻ってくることを考えるとこの時間はキツイ。
飛行機で7500円で55分だったのでそちらを利用した。
5000円で半日ザグレブ観光もできるし、日本代表のオランダ戦も観れるし、何より体力的に楽なので贅沢した。

ザグレブは特に観光するつもりはなかったのでぶらぶら中心部を歩いていた。地球の歩き方で失恋博物館というものがあるのを知り、興味深かったので行ってみた。

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失恋した人が思い出の品を寄贈し、その時のエピソードを綴るという展示。なぜか日本の翻訳本があったため、それを借りて見学した。

色んなエピソードがあった。
各国から寄せられてるのでなんとなく海外の恋愛事情がわかって面白かった。切ないのやコミカルなものまであった。

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博物館にいる時に皮肉にも窓から結婚式の撮影の新郎新婦がいて笑ったけど。

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あとはサッカーを観て(オランダとドロー)ドブロブニクに向かった。


ドブロブニクは思い描いていた通り素敵な街だった。青い海とオレンジの旧市街。

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魔女の宅急便の曲をいくつか聞きながら口ずさんで歩いた。

遠いから一度は来ることを諦めかけたけど来てよかった。

実は実家の自分の部屋に世界の海の写真やポスターを貼ってあるんだけど、そのひとつがドブロブニク。
なんとなく綺麗な街だなぁと思って中学生頃に貼ったのだ。
旅行会社に入り、ドブロブニクの存在を知り今に至る。

その景色の場所にいる。

他にもバリなどの海やビーチのポスターがあるけど、その場所に今立っているなんてホント人生はわからないものだ。


旧市街を山の展望台から眺められるので日没にあわせて向かった。
1時間で登れるのだが、自分の登山ぺースを過信しすぎてギリギリに宿を出たら、まさかの日没が早くて山頂で見れなかった。

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しかも帰りは真っ暗の森の中を帰るハメになり、ジクザクの道を無理してショートカットして転んで手を切った。

旅初めての流血だった笑

ロープウェイがあるのだが往復1200円くらいするからね。


途中からの方が眺望はよかったので無理に登らなくてもいいかな。まぁトレッカーとしては登れる山は登らないとね。


ちなみに泊まった宿はシティセンターオールドタウン。
旧市街から徒歩15秒の好立地。疲れたり、トイレに行きたくなったらすぐ戻れる。

ヨーロッパのトイレはほぼ有料なのでホントめんどくさいのです。


宿のネノというおっさんが明るくて気さくだけどあっさりしていてそれが嫌な感じでなくて、これまた満足だった。

ポーランドから比べるとあまりにも暖かく、ドブロブニクを出る日は太陽が出て半袖で出掛けられた。さすがアドリア海。

これからボスニア、スロベニア、イタリア、スペインと渡りロンドンに行く。

ロンドンも行ったことはあるが、あそこは寒すぎる。


今年最後だなと思い、僕はダウンを羽織いモスタル行きのバスに乗った。



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魚を与えれば一日飢えをしのげる
魚の取り方を教えれば一生飢えをしのげる

24都市目 ブダペスト

クラクフからバスで6時間で約2000円。僕はネットで予約していったのだが、予約の紙またはチケットを発券しないと乗れないシステムになっている。クラクフのカウンターは不親切で印刷をしてくれず、結局チケットを買い直すハメになった。ひどい話だ。

そんな感じでテンションがあがらないままブダペストに着いた。
ヨーロッパの街並みに飽きていた僕はゆっくり3泊過ごすことにした。宿は安心の日本人宿のアンダンテホステル。日本人しかいない。

そこで多くの時間を過ごした。
長期滞在の人と沈没者がいて入りづらい雰囲気だったが、宿のオーナーはいい人で長期滞在者の誕生日会に入れてくれた。

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オーナーはたまに来る程度で多くは沈没者が受付として働いていた。

数人の旅人と情報交換をしつつ、宿にある膨大な地球の歩き方とONE PIECEやのだめカンタービレを読んでる時間が多かった。

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外出は王宮付近の散策とドナウの夜景、そして温泉に行ったくらい。

夜景は他のどの都市よりも綺麗だった。これは一見の価値ありだ。

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温泉は期待していったが、2000円くらいしたプラス温度が36度とヌルく満足できなかった。
シャワーの方があったかいという始末。プールがありてっきし温水かと思ったら冷たく凹んだ。
欧米人はそれでも泳いでいたので変態か!と思った。

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ブダペストにはいくつか温泉があるが、どこも同じような温度のようだ。場所によってはチェス付きの温泉があるようで興味深かったが、高いので行くのは辞めた。

日本人宿は当たり外れがある。
というか出会いに当たり外れがあるのかな。
宿になんの不満もなかったが、ガチの旅人が少なかったので少し残念だった。

でもいつかまた来てもう少し長く沈没してもいいかなと思った。

海外で日本人宿を作るって凄い素敵だよな。

密かに日本で旅人向けの宿をやりたいと思ったりしてる。
理想は外国人向けのね。

それには英語力が必要なので勉強したいところだ。

旅をするのにそんなに不自由はしていないが、やはり親密になるにはもっと英語力が必要だ。
日常的に使う癖をつけよう。
身につけば一生使えるし旅も楽しくなるし、今後の日本でも役に立つはずだ。


なにもしてなすぎて語ることがない笑

たまにはいいか。

また次回。

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