本当にご無沙汰しております。
約、1年振りくらいの更新になります<m(__)m>
皆さんお元気でしょうか?
もう、ブログの書き方も忘れかけております。
今年は自然災害が多く、残念な年になってしまっています。
犠牲になられた方々、ご遺族の皆様に対し、深くお悔やみを申し上げるとともに被害にあわれた皆様に心からお見舞い申し上げます。
いつ来るか分からない自然災害にあってしまったときのことを考え、今のうちにできる準備をしておくことが、今できる最善のことだと思います。
皆さんも何かしらの準備をしておいてくださいね。
私は震災前日に身内の不幸があり、子供の学校を休ませて車で神奈川に向かって首都高速を走行中でした。
高い位置の高速は車が蛇行してしまうほど大きく揺れて走れない状態でした。
停車しても揺れは止まらず、更に大きな揺れになり何もできずに車の中で揺れが収まるのを待っていました。
その後、車の中にいたためテレビは使用でき、次々と入ってくる情報には愕然とするばかりでした。
余震が何度もきましたが、そのまま神奈川へ無事に着くことができましたが通夜、葬儀には交通機関が麻痺したため身内さえも全員が集まることができませんでした。
予約してあったホテルもキャンセルになりましたが、葬儀場ではロウソクの光の中で式を済ませました。
翌日葬儀に無理しながらもお悔やみに来てくださった皆様には心より感謝いたします。
猫と犬を家に残してきたままなので、葬儀終了後に直ぐに帰ることにしました。
神奈川に到着してから早朝にガソリンを入れておいたのでガソリンは入っていました。
しかし車が渋滞で動けない。。。
いつもは1時間半くらいの道のりを、10時間以上かけて帰ることができました。
途中、高速は通行止め、一般道は液状化で回り道をしながらの帰宅でした。
我家は幸い被害も無く、ペットも無事でしたが、兄弟のマンションはメチャメチャになっていたようです。
家にいなくて良かったと言ってました。
震災から4日程経ってから商売で取引のあった南三陸町の漁師の方とやっと連絡がとれ、家族全員が無事だったと聞き、すぐにワゴン車2台で物資を集めて持って行こうとしたのですが、米も水も中々集まらず、2台分の物資を集めるのに丸々2日間かかってしまいました。
その後、ガソリンを入れるのに1日半程かかってしまいすぐに出発したのですが、高速は水戸までしか開通しておらず、水戸から一般道で南三陸町を目指しましたが、水戸から先では道路は歪み、家は倒壊して車は転がっている悲惨な状況。。。
北茨城から福島県のいわき市に入ると状況が変わりました。
北茨城は甚大な被害があったものの、10件に1件くらいはスタンドに車が数百台くらいガソリンを入れる順番待ちで並んでいましたが、福島県に入ると入った瞬間から人がいない。
車も走っていない。
たまにすれ違う車は自衛隊の車くらいで救急車両も走っていない状況です。
南三陸町に行くには福島の原発の横を通っていくか、戻って内陸を通っていくしかない。
でも2台の車にはそんなにガソリンも入っていない。
折角かき集めた2台分の米や水、保存食や生活用品を無駄にはできない。
近くで被災している方に渡そうと思っても原発の関係で歩いている人なんて誰もいない。
いわき市役所へ電話して救援物資を届けるにはどこが良いのかお聞きして、いわき市内にある競輪場へ届けさせてもらいました。
その後、数日してもう一度行こうか考えましたが、テレビでボランティア関係は受け入れていないとの報道が繰り返されていて、物資を持って行くことで、もめ事もあるようなことが放送されていたので募金で済ませましたが、未だに被災者にはいきわたっていないというのには残念な気持ちで仕方ありません。
早く役に立つお金になってほしいと思います。