コメント、ペタを頂きながら挨拶やペタ返しに行けなくてすいませんm(__)m
落ち着いたら必ず伺います。
毎年決まって最悪な日があります。
どうしてだか分かりませんが、必ずといっていいほど悪いことが起こります。
それは8月21日。
小さなことから大きなことまで色々ですが、悪いことばかりです。
それに気付いたのは10数年程前。
駐車禁止でレッカー移動をされた時でした。
仕事場の近くで毎日車を止めていた場所でのレッカー移動。
何故?と思うような場所でした。
厳密にいえば駐車禁止の場所だったので仕方ないけれど、その場所でのレッカー移動は未だにその時の1回だけでした。
そして翌年、今度は喧嘩に巻き込まれて警察沙汰に。。。
そんな時8月21日はついてない日だなぁ~なんて思いだし始めた。。。
そして事故。
それはタクシーとの正面衝突。。。
タクシーは廃車。僕の車は修理代が200万円強。。。
保険で直してから処分しました。
その頃、思い返してみたら8月21日の厄日は以前にもずーっとあったことに気付きました。
21日に旅行に行った時もそうだった。
成田空港から飛び立って2時間程して起きた心臓の発作。
その時はまだ、心臓が悪いとは分かっていなかった。
飛行機は2階席で座席が広かったが、リクライニングしても苦しくて、痛くて横になれなくて苦痛で意識も朦朧としてしまった。
それに気付いた客席乗務員が医者を探そうとしてくれたが訳も解らずお断りした。
結局目的地に着くまで脂汗を流し、ただ時間が過ぎるのを待つしかなかった。
その時の記憶は所々途切れている。
後から同行者に「目が飛んでいた。焦点が定まっていなかった。白目をむいていた」等と言われた。
到着後も2日間はホテルの部屋のベットの上から動けなかった。
帰国後1ヶ月程して同じ症状が数回出て、医者での検査の結果心臓が悪いと分かった。
そして何年もそんなことが続いて、8月21日は一切外出はしないことにした。
しかし家にいた時に急用ができ、どうしても外出しなければならなくなった時があった。
家から車で5分くらいの場所だったので、気を付けていけば大丈夫だろう・・・と思い、出かけた。
目的地に着き用事を済ませると、車に乗り込んだ。
その時、後ろからゴツンと車がぶつかって来た。。。
なんとも言えない気持ちになった。。。
そんなことがずーっと続いている8月21日。
しかし最近2年程は小さなことはあるが、大したことは起こっていなかったので油断していた。
そして今年も8月21日はやってきた。
その日僕は悪い日だということを女房にも言わなかった。
でも気持ちの中では嫌な気分だった。
そして仕事場へ向かっている時にそれは起こった。
いつもより時間が遅れていたので、車から仕事場に電話を入れた。
「ちょっと遅れているから僕が着くまで待っているように・・・」
「解りました」との返事の後、急がずに気を付けながら仕事場へ車を走らせた。
それから30分程経ったとき、社員から携帯に連絡があった。
「急に気持ちが悪くなって、足がフラフラして立てないんですけど・・・」
僕は「今日は休んでいいから、とりあえず座ってなさい。」と言って電話を切った。
そして約5分後に到着。
社員は椅子ではなく、床にうずくまっていた。
「どうした?大丈夫か?」との問いかけに「気持ち悪いんです。立てないんです・・・」
「どこか痛いか?」と聞くと「痛くないけど気持ち悪くて・・・」
僕は社員を座らせたまま後ろから支え救急車を呼んだ。
すぐに救急車で病院へ運ばれた。
待合室で待っていると、担当医が来て「すぐにご家族を呼んでくれませんか。連絡先は解りますか?」と言われた。
その後の説明で、「脳内出血です。場所も悪く脳幹という脳の中心です。これから数時間がヤマ場です。覚悟はして下さい」と言われた。
僕は「手術は?」と聞くと先生は「手術ができる場所ではありません。薬で出血を止めることができれば良いけれど、すぐに止まらないと突然死ということもあります」と言われた。
そして「時間がないので家族をすぐに読んでください」と言う。
母親に連絡はとれたが電車に乗ってから2時間以上かかる場所。
先生は、後、数時間が勝負ですと言う。
お母さんは電話をしてから約4時間後に到着。
駅まで迎えに行き病院へ連れてきた。
それから数10分後、先生から状況説明があった。
「最初の6時間が1番危なかった時でした。でも、まだまだ危険な状態です。切れた場所が悪いです。」と言いながら写真を見ながらの説明をしてくれた。
そして「再出血がなく、このまま明朝まで持ってくれれば5、6割の確率で命は助かるけれど、後遺症は残るでしょう。リハビリも必要です」と言う。
僕は先生に聞き返した。
「明朝まで持てば5~6割の確率で命が助かるということは、今の段階ではどの程度の確率なんですか?」との言葉に「いつ突然死ということになってもおかしくない状況です」との答えだった。
僕たちはそれ以上の言葉が出なかった。。。
彼は離婚しているが子供や元奥さんもかけつけた。
そして今、回復しつつあり、今日のお昼で発症から3日が経とうとしている。
昨日は言葉も交わし、少し不自由ではあるが手足も動かせる状態だ。
先生の説明では、まだ予断を許さない状態だが少しの回復でも安心した。
このまま後、4日間が過ぎれば安心だという。
何事もなくこのまま回復してくれることを祈りたい。
今年の8月21日もやっぱり最悪の日になってしまった。
しかし、毎年のように悪いことが続く8月21日だけど、最後でどうにか踏みとどまっている。
悪いことが起きても最悪の1歩手前で踏みとどまっている。
僕の発作もそうだけれど、今回の件も最悪の出来事の中、最後の最後には踏みとどまることができている。
これは何なんだろう?
1年分の悪いことが毎年この日にやってくる。
家にいても、自分では気を付けていても回避できないことが突然やってくる。
いつになったらこの最悪の日から解放されるのだろう。。。
どうして良いか分からない。。。
こんなことが続いていると、最後の1歩が踏みとどまれない日が来てしまうんじゃないかと心配だ。
毎年やってくる8月21日。。。
僕にとっては呪われた日のようだ。。。
どうにもならないのか?
でも最後の最後で誰かが守っていてくれているようでもある。。。
どうにもならない。。。