■さて本題。

本題まで連載3回かかるってどうなんでしょ。
フフフフフ。(何その笑い?)

燈無蕎麦といえば、落語で聴かれたりとか、
類型の話を知ってる方も多いはず。
「消えずの行燈」っていう別称もあるこの話。

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本所南割下水付近には夜になると二八蕎麦の屋台が出たが、
そのうちの1軒は何時行っても店の主人がおらず、
夜明けまで待っても遂に現れないというもので、
その間、誰も給油していないのに店先に出している行灯の看板の
油が一向に尽きず、いつまでも燃え続けているというもの。
この灯をうかつに消したりすると祟られるという。

逆に屋台の行灯が消えており、
火をつけてもすぐに消えてしまい、
それどころか火をつけた人が家に帰ると、
その家に必ず不幸が起るという伝承もある

(出展:http://ja.wikipedia.org/wiki/燈無蕎麦)
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えーと。これって、




「酔っ払ってた」ってことじゃないんですか?




で、いいですか?解決。

だめ?
もしくは、



「店主のおっさんがいつもタイミング悪く小便に出ていなかった」



とか?






本題に入って手抜きと怒られそうだ。。。






これって、浮世絵あるんですが、(というか本所七不思議は浮世絵全部ありますが)
完全に化け猫な感じになってますね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ファイル:Kuniteru_Honjo-nana-fushigi_Akarinashisoba.jpg


怪異の主はともかく、この話って、マヨイガの話に似てますねー。

マヨイガというのは「迷い家」で、
柳田国男の「遠野物語」から広く知られるようになったと云われる伝説。

概略を書くと、
山奥に迷い込んだものが立派な屋敷に辿り着く。
屋敷の庭には紅白の花が咲き乱れ、たくさんの家畜がおり、
座敷には奇麗な食器に豪華な食事。
囲炉裏には湧いたばかりのお湯が掛けてある。
にも関わらず、人は誰一人おらず、呼びかけても応えない。

迷い人はしばらく休んでから、
そこにある什器をもってなんとか山を抜ける。
そして、その後再び迷い家を訪ねようとしても、
決して辿り着くことができなかった。

持ち帰った什器で米を計るといつまでも尽きることなく、
迷い人の家は里に戻ってから、大層繁盛し、
大金持ちなったという。

ってな話。都市伝説というか、フォークロア好きには定番。

マヨイガ。探せー!!!ってことになりそうですが、
なんか、宝くじ的な風情ですねー。
基本形は幸せが訪れる話なのですが、
その後の類型の話では、不幸事が起こる話にすりかわり、
怪談化したりもします。
世の中やっかみとネガティブな神経の人は多いものです。

マヨイガは富裕層の出自について、隠し里の援助を受けたとか、
椀貸伝説=沈黙交易(海外など言語が通じないものとの交易)
で力を得たなどの話を説話化したもの、と考えられています。
特に椀貸伝説は類型の話が世界中に頒布する話です。
椀貸塚とか椀貸池で頼むと、何時でも膳やら椀やら貸してくれるという話。
不届き者が返さなかったり、壊したりすると二度と貸してくれないのだとか。

と、ここまで書いて、
どうも本所とは関わりなさそうですが、
沈黙貿易=密貿易から着想すれば、
裏の社会と通じる店。情報屋のバー的屋台が、
当時なかったとも言えなくない。

行燈を消さないように給油し続けるなんて、
そんな難しいことではないし、
目立つ形とはいえ、闇の社交場を形成していて、
何も知らずに近づいた旅人や町人には、
怪異のように装ったのではなかろうか。
もちろん、知ったものが訪れると、ふっと親父が現れ、
取引やら情報交換がなされる。

だって、当時はよほどのことがない限り、
深夜に出歩かない風俗だったわけですよ。
庶民は9時には寝てた時代。
夜出歩くのは遊び人。遊郭行ったり、そんなとこ。
特に本所は住宅街。夜店も限られてたことでしょう。

同じ人間でも、昔は時間で異界を形成していたとすれば。。。

ってな推理、どうでしょう?
だから、いたずらすると不幸が起こるんですよ。
裏社会の人間に切られたりしてね。。。

だから、大人はみんな知ってたんですよ。
「本所の蕎麦屋には近寄るな」ってね。
だから、怪異にしたてあげて、寓話的仕上がりにしたのでは、と。
怪談にすれば、人も気味悪がって避けていく。

現代の情報操作の技術に活かされていそうな
七不思議でございました。

(燈無蕎麦・了)

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■赤いきつねと緑のたぬき?

有名な話ではありますが、あえて書きます。



「たぬき」といえば、具はなに?



そう。揚げ玉入ったやつですよねー?








なんでやねん!違うわボケー!!





いや、失礼。
なんか、「ブログのポリシー」みたいな回で、
「書籍化されたらうれしいな」とか書いてましたけど、
こんな書き方じゃ無理無理(笑)
なんせ、口語体で書いてる段階でダメでしょ。

いや、エッセイとかそんなもんじゃないんすか?



と、それは置いて、
関東地方はたぬきは揚げ玉ですね。
「たねぬき」がなまって「たぬき」なのだとか。

大阪では、たぬきと言えば、「油揚げの乗った蕎麦」
そう、「ケツネ」が蕎麦に化けて「たぬき」なんですね。
ので、関東で存在する「きつねうどん」「きつねそば」とか、
「たぬきうどん」「たぬきそば」とかは存在しません。

「きつね」はうどん「たぬき」は蕎麦。
だって、かやくは同じ油揚げだから。
(ちなみに関西では中の具剤をタネといわず、かやくといいます)

で、関西で揚げ玉(関西弁で天かす)が入ったうどんは?
というと、「ハイカラうどん(そば)」というのでーす。
なか卯いったらありますね。ハイカラうどん。

で、さらに京都は違います。
京都では刻んだ油揚げに葛餡を掛けたものを「たぬきうどん(そば)」
というのですね。
ので、油揚げのせの蕎麦は「きつねそば」

大阪風でいけば、京都のたぬきは「きざみ」です。
餡かけません。
大阪人から言わせれば、京都はなんでも「餡かけ」「茶碗蒸し」、
ってな話になるわけです。(京都は「小田巻き(茶碗蒸しうどん入り)」も好き)

ちなみに名古屋の「たぬき」は鶏肉入りだそうで。。。
とりにく?なんで?

と、まあ、同じ料理でややこしいことです。

じゃあ、今現在どうなんですか?
というと、文化の均質化がされた昨今、関西では関東風の言い回しが
ある程度通じるんじゃないでしょうか。よほどの老舗うどん屋いかない限り。

ま、呼び方なんてどうでもいいんですよ。おいしければ。


ってさ、今まで長々書いたのはなに?



まあ、いいじゃないですか(笑)
ってか、本題に未だ入らず。

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■蕎麦っておいしいです。やっぱり。

関西生まれの私にとって、
蕎麦とうどん、どちらを食べる?
っていうと、そりゃ、うどんなわけですが、
東京に住みだしてからめっきり蕎麦派です。
こっちの蕎麦は本当においしい。駅の立ち食いでもある程度いける。

大阪界隈の蕎麦はほんとぶよぶよなんですよ。食感が。
もちろん、本格派の蕎麦を出す店もありますが、
やっぱりどうしても大阪と言えばうどん。

とはいえ、最近思うに大阪のうどんもいまいちなんですよね。
ぶよぶよなんですよ。食感が。(あれ、蕎麦といっしょじゃん)

讃岐うどんとか、それ以外の地方のうどんはコシがすごいですね。
そして、そのコシ、喉越しがとてもおいしい。
一方、大阪のうどんは昔から少し柔らかめ。
でもね、だしのうまさはやっぱり大阪。

一説によればだしの絡みを考慮しての柔らかさらしいですね。関西のうどんは。
ちなみに、京都のうどんはすごくあっさりで味気ないくらいですが、
大阪のうどんはしっかりだしを利かせてあります。
関西のだしは鰹ベース云々というのはよくいうことですが、
鰹にとらわれているのは素人。(←お前何様?)
干しエビや干しシイタケなんかのうまみもしっかり出して、
味わいをだすのが本流と思います。
で、バラ寿司(ちらし)とセットにするとまたいいんだ。これが。
うまいね。紅ショウガ効かせたりして。

しかし重ねますが、そんな私も東京では蕎麦。
だって、蕎麦屋ばかりだし。蕎麦屋でうどんてのもなー、って。
で、やっぱり蕎麦がうまい。
細麺でしっかり腰があり、喉越しがおいしい。
汁そばの濃い色としょうゆ味は未だ辟易するけど、
いわゆるモリとかセイロとかいうのはおいしい。

関東の人の蕎麦のこだわりはしらないけれども、
私のお気に入りはやっぱり「鴨せいろ」ですね。
おいしい。

日曜の昼に雰囲気ある蕎麦屋で鴨せいろ食ってビールでも飲んだら、
それだけでほんわかします。
当然、鴨せいろだけに、秋以降の楽しみなわけですが。
いや、ありますよ。鴨。年中食べれます。
けど、夏はきついでしょ。やっぱり。

っていうか、蕎麦ってなんであんな金額張るんでしょ。
ちょっとした蕎麦屋で蕎麦くったらすぐに千円超えるでしょ?
なんでー?粉もんですよ。なんだかんだ言って。
って、そんなこと言ってるのが関西人のだめなところ?

まあ、うどんにしても蕎麦にしても、本当においしい、
職人の心意気を感じるものに出合えれば、決して高いとは思わないのだけれど。

とかいいながら、気がついたら、一話分書いちゃったねー(笑)
いや、厳密に一話とか決めてないんですけど、
一回で読み切れる適量はあると信じる私。
なので、こっから先は次回。

(つづく)

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■まとめ

と、江戸の風俗にかなり踏み込んだ内容になったわけですが、
木戸番さんも何かと大変だった訳ですね。
本当に昼も夜もそんなに働いてたら、
朦朧として幻聴も聞こえようものです。




長く書いてそんなまとめ?









そーですが、何か?









いやいや、人間って視界を奪われると、
他の器官、特に耳が冴えてきますよね。
雪の積る豪雪地帯で夜真っ暗な所にいると、
雪で外界の音が吸収される分、音にすごく敏感になります。
自分の血の流れる音が聞こえるくらい。

ちょっとしたもの音に、
すごく敏感になるのは致し方ないのです。
まー。いたずらで塀の向こうから、
声掛けるような輩がいないとも限らないですけれど。

そんなところでしょうね。
この話はそれほどびっくりするような不思議さはない。
ってことで、今回は以上。

[参考サイト]
いいね~おいしいね~(旧「株☆子育て☆本☆車など」):江戸・東京の地理と地名(鈴木理生)
http://nyanko001.blog.ocn.ne.jp/kabu/2007/03/post_c1dc.html
知られざる人類婚姻史と共同体社会:江戸の自治組織「木戸番」ってどんな人?
http://bbs.jinruisi.net/blog/2007/08/000243.html

あー。調査が足らない。
図書館行くべきですね。まともなもの書くには。



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■江戸の町の警備組織

かつての江戸の組織というのは良くも悪くもぐだぐだで、
奉行所の同心が現代の警官な訳ですが、
町の犯罪者の人別が難しいことから、放免した軽犯罪者を
同心配下の私兵(岡っ引き)として雇い、働かせていました。

今でも警察官は犯罪組織と通じて、
その情報網を利用したりしているとは思いますが、
如何せん、大っぴらにはできないところ。
その点、江戸の社会はおおらかで、ある意味効率的な運用だった、
といえなくもないかもしれません。

ちなみに、岡っ引きは非正規雇用なので、当然俸禄はありません。
同心が飯を食わしたりするのですが、別に給金をやったりしません。
岡っ引きはそれだけで飯が食える身分ではないのです。

しかも、元が悪(ワル)ですから、
食えない分、強請りなどの行為で金を集めていたものもいて、
お上から、何度も禁止のお触れが出たらしく。
そこはやはり、近世的イメージ通り、西部劇も等しいかもしれません。

どちらにしても、警察組織とヤクザは密接な関係があるのは、
日本の古来からの伝統というか、特徴でして、
軽犯罪者を束ねることができるような親分的な人間が
岡っ引きになるケースも多く、博徒や的屋や任侠の親分が
そうした地位になることも珍しくはなかったのです。
(おっと、博徒≒ヤクザ≒的屋ではありませんよー。あしからず
ヤクザの定義は難しいものなのですー)

そんなこんなで木戸番から再び話が離れたわけですが(笑)
決してつながらない話をしているわけではございませんで、
先述のコンビニな話、的屋とつながってきますよね。

なんだかんだと忙しい木戸番が、
金魚仕入れたりするのも無理がある話。
おそらくは自警組織としてつながりのある的屋さんから
仕入て、上がりを組織に渡したりもしていたのでしょう。

ものの文献によれば、木戸番は「どうしようもない人物」
が担当した、という記述もあり、もし、そうなのだとしたら、
軽犯罪を起こすような人が放免され、
社会復帰?の一貫として、自警組織の一員となり、
強力な親分(任侠・的屋など)の配下に入った上で、
木戸番を命じられる、という推論も、
あながち外れていないような気がします。

ま、要は一時の過ちがあれど、
それが軽微なものなら、また社会に役立つ仕事で
復帰すればいいのですからね。本人次第といったところでしょう。
ポジションがポジションなので、
町人からの相談を受けるようなこともあったとする
文献もあるようですから、生甲斐とやる気を持ってすれば、
人からも認められもするものなのでしょうね。

(つづく)

図説 見取り図で読み解く江戸の暮らし/中江 克己

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