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久しぶりの投稿です。
今年度に入り、一人のスタッフが退職を考えていると伝えてきました。
スキルアップがしたいという想いが、彼を動かしているようですが、その後に待ち受けている様々な苦難を思うと踏ん切りがつかないといったところです。
6月、さらに私の上司にも、彼はその旨を伝えました。
その週、上司に呼び出され、どういうことか?と問いただされます。そこで、上司から言われたことは、なぜ報告してこないのか?ということ、現在私達が抱えている業務をどうしていくのか?という2点でした。
今は9月です。その中であったことをここで記載するつもりはありませんが、一つ、気がついたことがあります。
退職を考え始めたところから、それが先入観になるのかもしれませんが、彼の立ち振舞が雑になったこと。
もともと職場の不満を口に出すタイプですが、態度にまで出してしまっていること。
そんななかで、いろんな方からの意見やクレームが耳に入るようになりました。
まずは、私ができることを整理していくしかありませんね。
伝えること、やるべきことを、受け入れてもらう必要があります。どのように話すか?伝えるか?
彼の良いところをきちんと伝えて、聞いてくれる土台を作って、本題に入る。
きっと、うまく伝わる自信がないから、こんなこと書いちゃってるんでしょうね…苦笑
あれから一週間たちました。
積極的な治療はもういいよって言った後、やはり、生きることにもう少し足掻いた彼は。
心移植を前向きに考え始めた。
ただ、それはそんな簡単なことではない。
年間50人くらい実施されてる心移植。
待機してる人は、ざっと200人。
移植待機は4~5年と言われている。
それまでの間、LVADをつけるわけだけど。。。
脳梗塞や脳出血の合併症との毎日。
もし申請が通って、
心臓も見つかって、
500万くらいでジェット機をチャーターして、
手術をする。
LVAD装着中、何かトラブルがあれば、即死を意味している。
そのため、1人では無理なので、サポートする人を少なくても2名。
自宅にいれば家族。
復職するなら、職場の同僚に。
それらの理解を求めて一緒に闘う毎日だ。
そんな、現実的な話を聞いて。
生きる道とそうではない道を。
選ぶとき。
人は何を思い描くのだろう。
ICをされたのは昨夜。
医師から、あなたの心臓は、もう寿命です。と言われて。
どんな顔して向き合えばいいか、
私自身、心の整理がつかないまま
本人のところへ伺った。
ぽつりぽつりと、昨夜のICの報告をしてくれて、
今の心情も話してくれて。
話しているうちに、モヤモヤしたのが取れてきたよって。
涙ながらに話してくれた。
声をかけることもできず、
ただ隣に座ってるだけ。
そして、こらえ切れずに泣いてしまう。
何も出来ないのは、重々承知。
自分の無力さは、今さら認めるまでも無く。
ただ、寄り添い、支える。
どういう形が正しいとかは
分からないけど。
たぶん、私は、この形しかできないな。
支えようと思う人ほど、
支えを必要としている。
緩和ケアを何十年も続けてきた医師の言葉が蘇る。
いろいろな疾患の緩和ケアの形がある。
年老いて最後を迎える。
病気が進行して最後を迎える。
自分で自分の幕を閉じてしまう人もいる。
今回、私の患者さんは、64歳で、
ある決断を医師から言われた。
「心臓は、もう限界です。
心臓だけで言うなら寿命です。
ただ、年齢も若いので移植と言う手があります。移植する覚悟で、機械を繋いで生きるということです。どうしましか??」
心臓以外の臓器は、まだまだ大丈夫。
まだ、あと20年は生きれる。
でも、心臓がもう限界を迎えてしまった。
そんな現実を突きつけられた彼は。
明日をどう見るのだろう?
明後日をどう描いていくのだろう??
私は、どんな言葉をかけてあげられるだろう。。
ただ、穏やかに生きていけるように。
支えてあげたい。
もう彼との付き合いも7年。
怒られた時もあるし。
冗談を言い合った時もある。
今の彼は、
点滴を繋いでいないと動けなくなってしまう。
点滴が繋がっていれば、
残された時間はどのくらいあるのだろう。
今回、移植も、機械を繋ぐことも、選ばずに。
緩和ケアを選んだ。
積極的な治療法があると知りながら、
「もういい」って。
明日、彼のところへどんな風に行こうかな。
