僕は自分ルールが

結構多かった生き方をしていた方で
 
「こうであらなければならない」
「こうすべき」
 
など、結構ガチガチに固めていて
常に自分ルールブックを携えて
周りを見張ってました。
 
 

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「他人軸」から「自分軸」へ

本当の自分を見つける備忘録。

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どこにいても
周りを見張っていて
 
電車の中でも
街中を歩いていても
買い物に行ったお店でも
レストランの中でも
居酒屋でも
職場でも
 
自分のやってはいけないルールを
破ってる奴を見つけては
心の中で怒っていました。
 
 
最初はたまたまルールを破った人を
 
「みつける」
 
だったのが
ルールを破るだろうとおもって
 
「見張る」
 
様になっていくんですよね。
 
 
そして、
僕は
人の悪いところばかり目につく様になって
人を信じられなくなってきました。
 
 
そして周りを批判し出す。
 
常に怒ってばかりの日々でした。
 
 
 
 
怒ることって
すごくパワーを使うんです。
 
毎日毎日
怒りパワーを使ってると
ヘトヘトになっちゃう。
 
この頃、この怒りを僕は怒りと感じずに
間違ったものを正そうと
一生懸命正しいことをしている
そういう事をやっているイメージでした。
 
でも周りから見てると
なんか常に怒ってる偏屈な感じの人に
見えていたと思います。
 
 
 
僕が
自分ルールブックを大切に守っきたのは
「怒られない為」
だったんです。
 
ただ、蓋を開けてみると
自分が怒っていたという結末。
 
 
「怒られない為に怒る」
なんかもうよくわからん感じです。
 
なぜ怒られる(た)のかもわからないまま
ただ怒られる事が
怖くてルールブックを作っていたなぁと。
 
 
ルールブックは子供の頃に作ったのだけど
その時は怒られた理由がわからず
理解していたのは
「親の機嫌が悪いから」
怒られた。
 
だから、親が
 
「機嫌をそこなわない」
「機嫌が悪い時に、より怒らせない」
 
そんなルールを作ってきた様な気がします。
 
 
 
大人になった今
そんなルールブックは
本当はいらないんだけど
なかなか手放せずにいるんですよね。
ずっとそれで身を守ってきたから。
手放せないというか
あることさえ忘れてるのかも?
でもルールは有効ガーン
 
 
僕はルールブックの存在は忘れていた感じです。
でもある事を思い出しました。
で、それはもう必要ないとわかったので
一ページづつ
ありがとうを言いながら捨てていきたいと思います。
 
 
<おわり>