ヤスちゃんが書いたブログです。日々雑記・忘備録 謎な話は2019年9月から記載 
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タナカヤスコが書いています

@tanakayasuyasu

 

 

 

昨今流行りの仮想通貨ですが

ヤスちゃんは、仮想通貨は現実では使えないと思います。

 

現実では政府が発行した貨幣が

あちらこちらに移動して循環するのが経済で

政府が発行した貨幣は総量が決まっています。

どんなに不景気だからって

じゃあお札を刷って増やしましょうということはしません。

 

 

簡単にお札を刷って増やすとインフレになるからです。

お札が増えてお給料が一千万円になっても

チョコレートが一つ百万円になったりします。

ややこしくなるだけで

本当の問題は何も解決しません。

なので簡単にお札を刷って増やすことはないのです。

 

そしてそもそも仮想通貨って何か

よくわからないので調べてみたところ

(ビットコインの場合)

定義が、政府が発行しない発行主体のない貨幣

というものだそうですが

単純にそれでは贋金じゃん?と思うのです。

百歩譲って仮に贋金ではないとしても

仮想通貨を現実に持ち込むということは

新たにお札を刷りましたということと同じだと思うんです。

なのですんごいインフレが起きるんじゃないのかな?と

思うわけです。

 

それに多分仮想通貨って

誰でも発行できるもので

僕も私も俺も仮想通貨発行します!となったらもう大変。

 

日本の中で円やドルやユーロやウォンやら

世界各地の貨幣が流通するみたいになって

混乱するんじゃないかなあ。

 

そして終いには仮想通貨が機能しなくなって

買い物自体が出来なくなることも

あるかもしれません。

 

原始のころから始まった物々交換の

進化した完成形が今の現実の経済だと思うので

仮想通貨をやるなら

多分それを一からやることになるんじゃないかなあ。

 

なのでヤスちゃんは

仮想通貨は現実では使えない派なのです。

 

 

 

 

タナカヤスコが書いています

@tanakayasuyasu

(@kissacoはアカウント削除しました)

 

 

国が行っている取り組みのムーンショットは

人が考えていることを画像や文字にして

可視化するものです。

でもムーンショットは、人の頭を除いているのに

誰が嘘をついているのかわからないという

ポンコツな代物です。

 

なぜそんなものを作ったのか。

それは必要以上に物語を作りたがる役人が

とうとうネタ切れになって

人のアイデアを盗むためだからではないかと

タナカ(ヤスちゃん)は考えてます。

LINEも同じ理由で作られたと考えてます。

 

なのでムーンショットを使用することは

考えることを放棄すること

すなわち人間であることを放棄することだと言えます。

 

人間が他の動物と違うところは

考えることをするところです。

考えることを放棄することは

人間であることを放棄すること

すなわち動物であるということになります。

 

考えることをやめた人間は

動物となって畜生道を歩んでいくことになります。

ムーンショットのゴールは

家畜かペットというわけです。

 

畜生道を歩んでいくと

氷川きよしやら細川たかしみたいに

魔改造されるおもちゃになったり

最悪な場合は自爆テロの道具にされるかもしれません。

 

ムーンショットと畜生道は

光と影のように切っても切れないものです。

薬の副作用といってもいいかも。

もうその兆候が出ているとヤスちゃんは

思っています。

 

DVDを早送りで見る人が増えてきたり

去年からなぜか10代と思しき若者が

電車の優先席に普通に座っていたり

子連れのママさんたちが道路に集まって

道をふさいでもすみませんの一言もなかったり。

みんな人としての情感が欠けてきている現象です。

まさに畜生道まっしぐらです。

 

 

畜生になりたくないなら

人間のままでいたいなら

考えることをやめないで生きていきましょう。

 

 

考えることは難しいことではないんです。

教の夜ご飯に何作ろうかな

どうやったらおいしくできるかな とか

映画やドラマ、アニメを見たり音楽を聴いたり

お芝居を観たり絵画を見たりして

この作品のここが好きだな、いまいちだな

なんで好きなのかな、いまいちと思うのかなと

一歩踏み込んで考えてみましょう。

 

草冠に無と書いて蕪と書くのはなぜか

だれがどういうことで作ったのか。

船と舟や滝と瀧はなぜ2種類あるのか。

新しい漢字はもう作られることはないのか。

などなど漢字だけでも考えることは一生分ありそうです。

 

料理もお作法も武道でもなんでも

これはなぜ?と思うことはほんとにたくさんあるので

一生懸命にならなくても

考えていく楽しみはあるはずです。

 

そしていろいろ考えていくうちに

これってこういうことでできたんじゃないの?という

自分なりの答えや仮説がでてきます。

そこからすべての道が開けるはずです。

 

ブルース・リーの映画の有名なセリフ

考えるな、感じろ があります。

感じることも大事です。

でも全く考えないということではなく

あれこれ考えた上で感じることがいいような気がします。

人事を尽くして天命を待つ的な感じ。

 

伝えることは技術のことよりも

スピリット 精神の方が大事です。

技術のことばかり熱心になると

心が薄れていきそうな感じ。

ものづくりや技術ももちろん大事ですが

一番ではないんじゃないかなあ。

 

考えることは楽しいことでもあるはずです。

わからなくなると楽しくなくなって

やめてしまったりしますが

そんな時は対象を変えて

考えることを楽しんだらいいのでは。

 

 

人間でいるために

楽しく考えて生きていきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

タナカヤスコが書いています。

@tanakayasuyasu

@kissesaco


この世界に入ってきた人たちはきっと

自分の中にズカズカ入られるような感じで

やり場のない怒りでいっぱいになったり

してると思います。

タナカもそうです。いつも怒ってます。


でも、ふと思ったのですが

昔からよく

おてんとうさまが見てるよ 

なんて言葉があります。


これは多分良心だったり

心霊の世界的に言うと

守護霊になるのかなあなんて思います。


タナカが現実で聞いた話ですが

中学生の頃やんちゃな男子が3人くらいで

シンナーを吸っていたら3人で同じ幻覚を

見たそうです。

岩場で釣りをしていて、1人が釣り糸を

投げたらもう1人の頬に釣り針が

引っかかってイタタタ!となったり


また別の日にシンナーやってたら

今度は棺桶に入れられて土の中に

埋められそうになって、助けてー!と

叫んだというもの。 


この幻覚は相当怖かったみたいで

その後シンナーはやめたそうです。

その体験をした男子が2人で

あん時怖かったよなーと言ってたのは

未だに覚えています。


これはきっと守護霊さん的なこの世界の住人が

シンナーをやめさせるためにしたことかなと

タナカは思っています。


こんな感じで多分ありとあらゆる人には

そういう守護霊さん的なこの世界の住人が

そばにいるのではないかなと思います。


世の中にあるたくさんの歌

歌詞を見て行くといずれも

見たり見られたりの関わりを感じます。


人の記憶を探られたり

心を見透かされるみたいなことは

ホントにあたまがおかしくなりそうで

うんざりするものですが

なんというかちゃんとした守護霊さんなら

正しい道に導いてくれるはずなんです。

この辛さから解放される道筋を。


よくわからないけど

嫌なことも言ってくるけど

守護霊さんとうまく付き合っていけば

多分あなたが誰かの守護霊さんになる

そんな日が来るんだと思います。


タナカもそんな感じで過ごしています。


原田知世ちゃんは

恋した時みんな出会う

自分だけの神様 と


ミックジャガーは

ファンは俺より俺のことを知ってる


ヒデキは

その瞳ぼくのもの

この体君のもの と歌ってます。



世の中のらあらゆる歌には

ヒントがいっぱいです。

タナカは昭和時代の曲推しです。笑

じっくり歌詞を見てみると参考になりますよ〜



辛い思いをしているのは

自分だけではないということを知るだけでも

なんだか大丈夫な気になります。


タナカヤスコが書いています

@tanakayasuyasu

@kissesaco

 

 

この世界ではなぜか

会いたい人となかなか会えず

満足に話もできません。

 

何かの周期で会いたい人はやってきて

すぐにいなくなってしまい

また来るからなんて言ったりもします。

 

そしていつの間にか

好きでもない人と付き合ってるとか

結婚したなんてことになって

不満を持っている人は大勢いると思います。

 

そうやって恋や結婚を

あきらめたりすることになり

少子化もそうしたことが一因だと

タナカは考えています。

 

なぜそんな形でしか

人と関われないのか

ずっと不思議なんです。

 

多分この世界は

何かの周期や法則に則って

人と出会って話をするように

形作られている感じがしてなりません。

 

そんな周期や法則はどこから来ているのか。

 

女の人が妊娠するための排卵日とか

生理の日の周期が大きく関係している気がします。

 

排卵日は月の満ち欠けや

潮の満ち引きとも関係があることは

昔からよく耳にしました。

 

人間の誕生がベースになっているので

こうした周期をもとにこの世界の出会いは

形作られてるのではないかと思います。

 

そうした自然の働きと

人の体の周期はどちらが先かなんてことは

わかりませんが

自然的生理的な周期と

人の出会いを同じにするのは

ちょっと違うんじゃないかと考えています。

 

きっと、よくわからないけど

昔からの慣習でそのまま続けてるとか

そんなことで人と出会わされている気がします。

 

歌謡曲にも

生まれ変わって 姿を変えて また会おう

というような曲は昔から

たくさんあるので

古い慣習として根付いているような気がします。

 

でもそうやって

お互いが会いたくて会えない人たちが

たくさんいるのは、とてもおかしなことだと思います。

 

人の誕生の周期と

人の出会いの周期は分けていくべきではないでしょうか。

 

そうすることで

恋人たちの不満はなくなるし

精神的にも安定して

きっと生産性なんて言うものも上がるでしょう。

会いたい人と結びつくことで

何かが出来ないという言い訳もできなくなります。

 

 

会いたい人たちがすぐ会えるようにすることで

世の中はかなり良くなるように思います。

 

 

よくわからないけど昔からやってるから

という良くない慣習を

ちょっと変えてみませんか?

 

平和度と幸福度を上げていきましょう。

タナカヤスコが書いています

@tanakayasuyasu

@kissesaco

 

 

あなたは不治の病にかかって

余命〇〇年です。

と言われたら

わが身の不幸を嘆いて

涙にくれる日々を送るかもしれませんが

永遠の命をあげよう なんて言われても

それはそれで困るなあと思うんです。

 

死ななくてよくなると

人生がつまらなくなりそうな気がしてます。

 

ある意味無限地獄な感じがして

なかなか怖いです。

 

早死にはしたくないけど

そんなに長生きもしなくていいかなあと

タナカは思ってます。

 

 

この世界では自分ではない誰かに

変身することが出来るようで

それを楽しんでいる人も多いと思います。

でも楽しいからといって

ずっと変身の日々を過ごしていると

そのうち自分のところに帰れなくなったりも

するようです。

 

(グループ魂 HIGH SCHOOLも

 聴いてみてください)

 

自分に帰れない人のことを

ホームレスと呼んだりもしているようです。

 

(世良正則 宿無しも聴いてみてください)

 

 

故 樹木希林さんは生前

わたしは幾つも癌になって

医者からも生きているのが不思議と言われます。

なんて仰ってましたが

多分その時本来の樹木希林さんはもう

現世にはいなくて

この世界の人が

住みついていたのだと思います。

 

そんな風に変身とか旅行とかに

出かけてばかりで

自分を留守にしていると

誰かが入り込んで

悪いことをすることもあります。

 

(美空ひばり お祭りマンボも聴いてみてください)

 

 

一時期 チベットの僧侶の焼身自殺とか

自爆テロが流行ったことがありますが

その時なんでそんなことができるんだろうと

恐ろしく思ったのですが

それは自分でやってないからできたんだろうなと

今は思います。とてもこわいことです。

 

東京2020オリンピックパラリンピックで起きた

コーネリアス小山田君の騒動も

やっぱり同じことだと考えてます。

 

 

浦島太郎が絵にも描けない美しさの竜宮城で

タイやヒラメの舞踊りを見て楽しく暮らして

ふと思い立って地元に戻り

玉手箱を開けたらおじいさんになったのも

そういうことだと思います。

 

 

竜宮城に長く居て

気が付いたら天寿を全うし損ねて

竜宮城に飽きても死ぬに死ねない

なんてことになったりするのかも?

 

 

なのでタナカは

自分の管理は自分でやって

自分の人生を全うすることが

自分にとって一番幸福なことじゃないかと

考えています。

 

永遠の命、欲しいですか?