福島コットンプロジェクト始動
皆さま
お久しぶりです!
随分と夏らしくなって来ました。
晴天の中
5月26日、27日
福島いわきを中心に川内村も加わり、オーガニックコットンの
種蒔きが行われました。
現地15箇所、小さなところから2反くらいの農地まで、
市民が立ち上がって一斉にオーガニックコットンの種蒔きが
スタートしました。
風評被害で野菜や米を植えても
消費者には届かない
という現状のこの福島を、なんとかオーガニックコットンで
雇用創出も考えた、繊維産業の再生と自給自足を目指して、
このプロジェクトがスタートしました。
思い起こせば昨年の7月に被災地と首都圏の女性たちの交流を図り
女性たちの力で復興をしようと集まった NPO法人JKSK主催の
「ゆいゆいプロジェクト」
http://www.jksk.jp/j/yyp/index.html
で初めてNPOザ・ピープルの吉田恵美子代表
http://www.iwaki-j.com/people/
にあったのがこのプロジェクトの始まりでした。
吉田さんは22年間古着のリサイクル活動をされています。
地元に密着した活動が今回のプロジェクトには多いに活かされ、
農家をはじめ、市民も参加の15拠点での綿作りなりました。
すでに3回の説明会と綿畑の見学会を開き、このプロジェクトの
主旨から栽培の方法までを皆さんに納得してもらい、
全ての土地の空間線量チェックと土壌検査を済ませました。
26日だけで首都圏から約100名のボランティアが集まってくれました
一年に一度しか出来ない綿作りに挑戦です。
10年、20年、関わる事を覚悟して、長い挑戦が始まりました。
今年も長野、千葉、山梨竜王でオーガニックコットンは栽培されています。
それも合わせながらでTーシャツ40,000枚を作る事を目標にします。
一枚5,000円で売れたら2億円プロジェクトです。(チョット大風呂敷です)
日本は繊維の自給率は限りなく0%です。
毎日着ている下着やTシャツなどの原料を全て海外に委ねているのです。
我々の小さな力でその自給率をあげる事はそう簡単ではないと思います。
でもおよそ100年前までは日本各地で綿の栽培はされていました。
北限はこの福島だったはずです。
会津木綿って聞きますよね
みんなでよってたかって、福島ブランドを作って行きませんか
福島は津波と地震だけではない原発事故が大きくのしかかりました。
豊かさを求めすぎた国民一人一人の責任であろうと思います。
世界は、2重苦、3重苦の日本の復興が、どの様に成し遂げられて
いくかを、大きな期待で見守ってくれているはずです。
オーガニックコットン栽培が復興の一助になるのだと言う見本を
作ろうじゃありませんか。
少し大風呂敷を広げながらですが、何か希望につなげていけたら、
そんな想いでスタートを切りました。
見守っていてください。
そして何時か一緒に参加してください
お久しぶりです!

随分と夏らしくなって来ました。
晴天の中

5月26日、27日
福島いわきを中心に川内村も加わり、オーガニックコットンの
種蒔きが行われました。
現地15箇所、小さなところから2反くらいの農地まで、
市民が立ち上がって一斉にオーガニックコットンの種蒔きが
スタートしました。
風評被害で野菜や米を植えても
消費者には届かない
という現状のこの福島を、なんとかオーガニックコットンで
雇用創出も考えた、繊維産業の再生と自給自足を目指して、
このプロジェクトがスタートしました。
思い起こせば昨年の7月に被災地と首都圏の女性たちの交流を図り
女性たちの力で復興をしようと集まった NPO法人JKSK主催の
「ゆいゆいプロジェクト」
http://www.jksk.jp/j/yyp/index.html
で初めてNPOザ・ピープルの吉田恵美子代表
http://www.iwaki-j.com/people/
にあったのがこのプロジェクトの始まりでした。
吉田さんは22年間古着のリサイクル活動をされています。
地元に密着した活動が今回のプロジェクトには多いに活かされ、
農家をはじめ、市民も参加の15拠点での綿作りなりました。
すでに3回の説明会と綿畑の見学会を開き、このプロジェクトの
主旨から栽培の方法までを皆さんに納得してもらい、
全ての土地の空間線量チェックと土壌検査を済ませました。
26日だけで首都圏から約100名のボランティアが集まってくれました

一年に一度しか出来ない綿作りに挑戦です。
10年、20年、関わる事を覚悟して、長い挑戦が始まりました。
今年も長野、千葉、山梨竜王でオーガニックコットンは栽培されています。
それも合わせながらでTーシャツ40,000枚を作る事を目標にします。
一枚5,000円で売れたら2億円プロジェクトです。(チョット大風呂敷です)
日本は繊維の自給率は限りなく0%です。
毎日着ている下着やTシャツなどの原料を全て海外に委ねているのです。
我々の小さな力でその自給率をあげる事はそう簡単ではないと思います。
でもおよそ100年前までは日本各地で綿の栽培はされていました。
北限はこの福島だったはずです。
会津木綿って聞きますよね
みんなでよってたかって、福島ブランドを作って行きませんか

福島は津波と地震だけではない原発事故が大きくのしかかりました。
豊かさを求めすぎた国民一人一人の責任であろうと思います。
世界は、2重苦、3重苦の日本の復興が、どの様に成し遂げられて
いくかを、大きな期待で見守ってくれているはずです。
オーガニックコットン栽培が復興の一助になるのだと言う見本を
作ろうじゃありませんか。
少し大風呂敷を広げながらですが、何か希望につなげていけたら、
そんな想いでスタートを切りました。
見守っていてください。
そして何時か一緒に参加してください
