あやまる、について考えながら1年前に書いた記事です。
人間ってさ・・・みたいなくくりもどうかと思いますが(笑)
人間は年々謝りづらくなってきてる環境にいるのでは?
これは時代的に満たされる意味と、
年齢的にもプライドの壁が高くそびえたち、降りられない意味。
両方あると思いますね。
年寄りが、頑固になっていくのはそういう側面もあるし、
自分はこれまでこうして育って、自分を形作ってきたという
自負があるんだろうと思います。
そしてその思いを「ふつうに気づいて、考えたらわかるのに」
なんで気づかないんだ、わかってくれないんだ!っていう
思考になるのではないかと推測してます。
それはね、じいちゃんばあちゃん。
言葉で伝わりづらい内容で、説明しにくい感覚だから。
あと、育ってきた環境と社会が違う宿命を、各自で背負うから。
それでも互いに頑固にならず、謝って協力して
子や孫の世代のためにできることを、できるうちにしなきゃ。
やってくれると誰かに期待してるうちはなんも変わらん。
やってみるかと自分で動かないとなにもね。