ビジネスにこだわることによって見えなくなる
そういう視点は、さまざまなヒントをくれる
しかし、サービスとして「情」を商品化すると
途端に嘘くさくなる、相手の顔や人格さえそうだ
まぁビジネスと割り切ってさまざまなことが
許されることによって社会が歪んできたのも事実
そいつらと同じ視点でやっても面白くはないし
イメージを言葉におろして、伝わるように仕上げることは
非常にクリエイティブで魅力的だがキチンとおろして
具体化するには相当な労力と時間を要するだろう
だからみんなあきらめて簡単なほうにいくんだな
たとえば相手のためになる、仕事に対してこころが前向きになる
そこからすべてを逆算して考える、浮かぶ言葉を手繰り寄せる
その言葉から相手の気持ちをグッと引き寄せる、興味を惹かせる
問題はそこから、で、なにをしてくれるの?ってなる
誰かが何かをしてくれるというのをサービス、商品というなら
自分のやりたいことは成立しない
どのサービスも労働者がどう、主体的に動き出せるかが練られていない
やらせる商品を提案するが、やらされる側へのアプローチがない、下手
いまや自己主張や権利主張の高まりで承認欲求を高めるツールが
あふれかえり、主役になりたい国民が増えすぎてしまった
仕事でもそう、自分のとおりでないと我慢できない(オマエモナ)
こんな時代にひと昔前のように事業主と社労士がコソコソやったって
成果が上がるはずがない、生産性の向上のカギは労働者の
意識をグイっと上げる魅力的な「何か」だ
その「何か」にはかなりの需要はあると見込んでいる
ハッとするようなこころの曇りが晴れるような…
ただし、すぐにビジネスとして成り立たせようとすると
労働者には操られ感を感じ取られてしまう、本意でないのにね
だがみんな社労士も潜在的にニーズがあると気づいてること
これは大事な社労士自身の社会的責任(CSR)だと思う
ビジネスにならないからこそ、逆にそういうことをやる意味がある
人気のないところに活路を見出す、ヒントを見つけ評価材料にする
穴馬指向の思考が如実に顕れてるなぁとも思う
展開不向きや前が詰まることもしょっちゅうある
でもこういうことが楽しいし、誰かのためになる
食える、食えないに余裕がある奴でもたぶん消極的な姿勢だろう
だからこそ、都道府県単位の会レベルで動かせそうなネタなんだがな…