「無趣味なんです」
「何か夢中になれることを探しています」
そう言って、
英会話、ヨガ、キャンプ、資格取得…
いろんな「体験」をカタログから選ぶように、
消費している人がいます。
まるで、
「趣味がない人間はつまらない」
という強迫観念に追われているように。
でも、あえて言わせてください。
趣味なんて、探さなくていい。
なぜなら、
「趣味」という枠組みで何かをしようとすると、
私たちはどうしても、
「うまくやらなきゃ」
「楽しまなきゃ」
「元を取らなきゃ」
という、貧乏くさい思考になってしまうからです。
わざわざ道具を揃えて、
休日に早起きして、
映える写真を撮って…
それは、本当にやりたいことですか?
それとも、「充実している自分」を演出するための労働ですか?
世界を楽しむのに、
タイトルも、道具も、入会金もいりません。
必要なのは、「観察する眼」だけです。
試しに、手ぶらで外に出てみてください。
そして、いつもと違う道を歩いてみる。
アスファルトの隙間に咲く雑草の、
信じられないような緑色。
古びた看板のフォントの味わい。
すれ違ったお婆さんの、素敵な帽子の色。
それらを、ただ「見る」。
面白がる。
これは、「散歩」という名前の趣味ではありません。
「世界の採集」です。
対象は何でもいい。
台所のシンクの傷でもいいし、
雲の形でもいい。
あなたが「おっ」と足を止めたもの、
それが、あなただけの宝物になります。
趣味を探して、世界を狭めないでください。
世界そのものが、
巨大な博物館なのですから。
