6月28日(火)です。

 

お早うございます。

 

今日は昨日に続き「チャンスは違う顔をしてやってくる」(後編)をお届けしたいと思います。

 

社員4人の販促企画会社に正社員として採用された私は入社4か月後に後に自分の人生が大きく変わる仕事を社長から与えられます。

 

当時の青山商店会は、銀座を意識しなにかにつけ「銀座」のような街づくりをしたがっていました。

 

銀座では毎年秋に「大銀座祭り」という街をあげての一大商業イベントを開催していました。

 

青山商店会連合会参加860店舗からも商店会が主体となって「大銀座祭り」のような「街ぐるみイベント」の開催をやりたいという意見が徐々に増えていきました。

 

「中村、お前企画書がかけるようになりたいと言っていたな。もってこいの仕事がある。第一回青山まつりの企画書をかけ。電通や博報堂が持ち込んだ青山をステージとしたイベントの企画書はここにある。これらを参考にして企画書を書いてみろ」

 

私は「はい、是非やらしてください」と答えていました。

 

勿論、社員4人の会社なので昼間の広告営業を十分こなしてからの仕事となります。

 

私は、まだ誰もやり遂げたことのないこの「第一回青山まつり」の企画書づくりに全力を注ぎました。

 

このころの自分は労働基準法から最も遠い存在の働き方をしていました。

 

何回も社長のダメ出しを食らいながらこの仕事に必死で食らいついた末6月に総予算

7000万円規模の「第1回青山祭り」企画案が青山商店会連合会の理事会にかけられましたが「商店会連合会」で集められる金額は民間企業の寄付金総額で2000万円程度という理由で「イベント内容をすべて実現することはむずかしい」という結論がでましたがここで諦める訳にもいかず「ワゴンセール」と「青山通りパレード」は、青山商店会連合会の仕込みで行いあとは、立地する民間企業に祭りのテーマ「ふれあいインターナショナル」に沿った自主企画のイベント開催してもらうことで乗り切りました。

 

7月になり大手総合広告代理店株式会社東急エージェンシーから同時期に東京商工会議所主催の「DOKI DOKIライブステージ」を「青山祭り」にぶつけたいという協力要請の連絡が入りました。

 

10月東急エージェンシーの担当とはなんども打ち合わせの機会がありその時に「自分はリクルートのトップ営業マンだったこと」や「将来は億単位の仕事をこなしたい。」とそれとなく東急エージェンシーへの中途入社の可能性についてお伺いを立てていました。

そして翌年6月「チャンスは違う顔をして」やってきました。

偶然、国道246赤坂支所近辺で「DOKI DOKIライブステージ」の担当と再会した折彼から「いま隣の局で中途採用者募集しているんでいい人いたら紹介するよう局長から頼まれてる。応募してみたら?」

 

履歴書提出から採用まで4か月かかりましたが、局長が異例の先に社長決裁をとり人事は事務処理だけをするという形も重なって10月には大手総合代理店株式会社東急エージェンシーに入社できたのです。

 

まさに「チャンスは違う顔をしてやってくる」を地で行った出来事でした。

 

この事例からもお分かりのように今受持している仕事の先以外から「チャンス」はやってこないこと。チャンスは努力を続けている人にやってくることが判ります。

 

今日のお話は参考になりましたか?

 

では今日も一日「チャンスをものにする」一日になりますように。