★ 殿、この坂折棚田で気づいた事があるそうですな。
そうじゃ、この坂折棚田を作ったのは[柘植一族]だと聞き思いあたる歴史を感じたのじゃ。

400年ほど前と言えば江戸時代初期の頃。江戸時代の頃に苗字を持っていたのは武士階級と言われていたが、どうも江戸時代の頃には農民も苗字を持っていたような記録があるようじゃ。
この柘植と言う苗字は三重県伊賀市に柘植町という地名があり、それが由来ではないかと言われておる。
定かではないが徳川家康の平安な江戸時代の前にあった関ヶ原の戦いで徳川家康は伊賀忍者の柘植一族との関わりがあったようで、戦いの後に家康が柘植の町を通って帰る際に柘植一族に戦いに参戦した事で恨みをかって攻められるかもしれないので柘植町ではない所へ一族を移した方が良いと言われたような言われないような…
で、その一部が岐阜県恵那市に移り棚田を作った。みたいな話も考えられる。実に定かではないが。
石積みに関しても名古屋城は徳川家康の命で築城されたもの。黒鍬が関わっていても納得出来る。
柘植について、もうひとつ興味深いものがある。

柘植の文字を見ても分かるようにどちらも木へんである。と言う事は木にまつわるものとなり、正にズバリ柘植の木と言う樹木があり辞書を引くとこの漢字である。
柘植の木は魔を払うという力が有り[魔を寄せ付けない]その意味で使われるのがつげの櫛である。
つげの木で作られた櫛は女性が髪をとく事で魔を払っていたようで、これは婚姻の時に男性から女性に送られたようじゃ。※現代は指輪であるがその時代は櫛を送ってその女性に魔(他の男)が付かないようにしたと言われているのじゃ。つげの櫛、恐るべし!
くしくも、我は柘植の流れをもっている殿である。と、告げておく。
★ 殿ぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!