昨日バイト終わって帰ってきてご飯を食べ終えて、水切りヨーグルトを作っていたから食べようと思って冷蔵庫から出したところで病院から電話があった。
ヨーグルトをしまって、パパを起こして、病院へ向かう。
もうかなり呼吸の間隔が広くなってしまっているようだった。数日前よりは呼吸がしやすそうで穏やかに見えた。痰を吸引しなければいけなかったり、咳き込んだりするのを見なければならないのは本当に心が痛むし、病気とは言え苦しくなくあってほしいから、まだよかったねと話した。でも、呼吸をしているだけといった感じで目を開けることもなかったし、光をまぶしがる様子もなく、顔を触れられても反応がなかった。
それから5時半ごろまでみんなで病室にいて、元々通院の予定があったおばあさんとわたしと出社する予定だったパパは家に一度帰ることになった。みそは夜に一人でお留守番したことがなかったから心配だったし、1時間くらい寝てみその様子を見てまた戻ることにした。帰るとみそは赤ちゃんの頃に戻ったみたいに悲しくて大きな鳴き声をしていてごめんね、ありがとうという気持ちになった。
8時半過ぎに病院について、呼吸がうまくできないからそれをカバーするように脈がすごく速くなっている、という話だった。どんどん呼吸の間隔が空いていって、そのままゆっくり亡くなった。悲しかった。悲しかったけど、ずっと頑張ってくれていて絶対に大変だったけど最後の最後まですごく苦しんでいたわけではなかったこと、おばあさんのこともパパのこともちかちゃんのことも私が守っていかなきゃと思ったこと、感謝をきちんと伝えられたことなどが作用して、崩れるほど泣いたりはしなかった。ただ喪失感による悲しさというよりは、頑張って生きてくれたことへの誇らしさと家族にこれでもかとくれた愛情への感謝が占める割合のほうが大きかった。
誰かが亡くなるというのは悲しいけど、残された人たちは生きていくしかないんだから私が泣いていたら誰が家族を引っ張るのって感じだし、故人は死んでも死にきれないよーって感じだと思う。合わせる顔がないし。だからわたしは打ちひしがれずに強く優しく明るくあらなければならないよ。
帰ってきてサンドイッチ作って食べた。
寝たり、葬儀屋と話したりした。おじいさんも家へ帰ってこれてよかった。大丈夫、ずっと一緒だよー。