大前提として受かることを当たり前と考え、受かるために予備校へ入ったから「頑張れば受かるかも知れないよ」、「あきらめちゃだめだよ」と囁く周りの意図が全くわからかった。

どの程度知識を詰め込めばいいのか?、下手すりゃ中学生以下の成績の自分は本当に受験生といえるのか?などといった初心者特有の疑点や葛藤は終始付きまとっていたし、昼夜逆転やカフェインの過剰摂取で体が壊れ、死んだ魚のような目をして過ごしていたこともあった。
それでも、必要な勉強を欠いては合格へは絶対に届かないとわかっていたので8月が終わるまでに英単語、英文法、9月が終わるまでに政経の基本事項の暗記といった必要不可欠なことは決めた時期内にこなしたし、英語が本格的に伸び始めるのは知識の詰め込みが終わり、問題に慣れる12月頃だと感じていたので模試の結果が悪くても気にしなかった。
また知識の詰め込みが終わらないうちは模試なんぞ受けても意味がないとサボることもしばしばあった。

勉強を続けていくうちに政経で自分の住んでいる国の仕組みを知り、英語で異国の匂いを感じ、国語で文字に対する愛着を覚えた。
すると「ただ楽しい勉強をしてさえいればいい」恵まれた環境にいる幸せを心から感じると共に今までにない意欲で勉強に励むことが出来るようになった。

過去問を解くようになると具体的合格への道筋が見え始め、計画を立てやすくなり、
過去問を解く度に自分の何がいけないか?何が足りないか?を常に考え意識して一つ一つ壁を乗り超えるようになる。

国語は11月から第一志望の過去問だけをやった。
私大の現代文には私大の色があり、それに染まることで私大の点数は上がっていったがセンターやマーク模試の点数は下がっていった。
また、この糞みたいなブログを一年以上書き通した副産物で文章の読解速度が上がり、どの問題でも1/4の時間で解けるようになった。
古典は文法問題がほとんどなく、読解中心の問題が主だったので、10月に文法の総復習をして以来まったく文法には手をつけず、ひたすら数をこなし読解力を鍛えた。

英語は11月まで時間内に解き終わることが出来なかったが「音読」をとてつもなく多くこなすことで1か月後の12月には30分余らせて解くことが出来るようになった。
読むスピードが速くなると、問題への取り組みも容易になり、ひたすら問題を解くことで今までよく理解出来なかった文法や構文が瞬時に見抜けるまでに成長し、その後もうなぎ上りに成績を上げていった。

政経は出されて一部の人しか解けないような問題は捨て、ひたすら基礎を記述でも正誤判定でも自由自在に答えられるように鍛えた。それでよかった。
各学部の合格最低点を調べ、自分にとって最善な目標点数を打ち立てていたからだ。

問題を解きまくるうち、その目標を大きく超えることもあったがしくじることも多くあった。
そんな状態じゃ第一志望の経済学部に入るのは難しい。
最善だと思う道を経てきた結果がそれだったので、そこまでの過程に何かしら過失があったかどうかは気にせず、他学部でも経済については学べるが第一志望の大学の生徒には第一志望の大学に入ることでしかなれないことから、まず第一志望の大学に入ることを優先して受かりやすそうな学部を個別学部で経済学部の代わりに受けた。
それでも運によっては第一志望全落ちもありえる状況だった。

最初は、浪人したからにはマーチに受からないと人間として生きてる価値はないと思っていたし、
1年間勉強だけに打ち込める環境にいながら3科目のマーチ如きに受からないようでは今後の人生でも成功を掴む能力があるとは思えないと思っていた、だから落ちたら死ぬと周りに豪語していた。
でもやるべきこと(やらないと受からないこと)は全てやってきたので最終的にはこれで落ちたら仕方がないという考えが生まれ、大学名なんて就職の茶番の要素にしかならねえよとさえ思った。

第二志望のニッコマはセンター利用で合格余裕だったwと思っていたが易化していたらしく、ボーダーが跳ね上がり、予備校のリサーチによってはC判定で出ているところもあったなあ。

第二志望の入試が終わるといよいよ本格的にどうでもよくなりはじめる。
実際あと1.2週間何をやっても成績は上がらないし、下がりもしないと踏んだからだ。
少ない勉強時間で、ただ第一志望の問題を解く感覚だけを研ぎ澄ました。

ほんとにどうでもよかったんだろうなあ。
当時ブログにその時の状況を偉そうに色々書いてやろうと思っていたが忘れちまった。
大学受験を決めた固い決意と適度な休息が、途中で燃え尽きることなくここまで耐えることが出来た大きな要素だと思う。
それがなけりゃあ、もっと早くに沈んでた。
早慶に行くとなると話は違って、休息は取れないしおれ以上の決意と気概が必要になると思う。
それを汲んで、上に「マーチ如き」と書いた。

自分はガチガチに緊張して大博打を打つより、何も考えずリラックスしていつも通りにいつも通りの点数を取ることをモットーとしてきたので、第一志望の入試が始まってからも周りからはあまり覇気が感じられないように見えていたようだ。

第一志望の入試が終わると、すぐさま湧き上がる知識欲を読書に向け、有り余る体力をナンパに向け、そして人生の大目標である「世のため人のため」には何をどうすればいいかを考えることに力を注ぎ始めた。
ほんとにほんとにその時は受験の結果なんてもはやどうでもよかった。
大学入学なんて人生の一過程で、それからまた一過程としてどうこうしていく、そんなもんだと思っていた。


まず最初に第3志望の大東亜帝国の合格通知が届き、その次に第二志望のニッコマの合格通知が届いた。

ここまでは全勝だった。
だが第一志望の手ごたえはわらほどもなく、ぶっちゃけ落ちたと思っていたのでニッコマにいる自分を想像しだす。

そしておれがニッコマにいようが、東大にいようが世間様は何も一つ気にしねえよだとか
第一志望で出来てニッコマで出来ないことはねえよだとか色んな言い訳が頭を駆け巡った。
応援し、支えてくれた人たちの恩義に背くことを唯一の心残りにしながら。

そして届く第一志望の合否通知























不合格









英語が過去問で取ったことのないほどひどい点数だった。





そして次の日も不合格通知が届いた。



いよいよニッコマ入学だなと親が仕事を早退し、入学金を振り込みに行こうとした矢先…










合格通知が届いた。







その後も、そしてその後も連日で合格通知が届くことになる。
ようするに尻上がりに調子を上げていたわけですわ。
日を追うごとに点数が上がっていた。
第二志望の学部をはじめ、全学部で出していた第一志望の学部にも受かっていた。
ほらな、所詮こんなもん。

「必要なことを必要に応じて必要なだけやる」

これさえ出来れば高校中退元DQNだろうが猫だろうがうんこだろうがマーチには受かる。
俺が証明だ。
高校を中退し、一度軽い気持ちで大学を志すもすぐさま脱落、そして色んなことを経てやっと次のステージへ進めた。
これで同年代の上位5%ってか はははww


勝者として、
これだけは言わせろ


受験なんてのは強者が作ったくだらねえゲームだ

古典なんてやって何になる?ペーパーテストで何がわかる?

受験だけじゃねえ

社会のほとんどの物事は強者が作り、支配する。

ほんとうに

くだらなすぎて

吐き気がする。


そして

勉強の出来る出来ない

運動の出来る出来ない

容姿の良し悪し

育ちの良し悪し

それらも全てくだらない

人間として生きる上で

もっと大切なものがある!

眩く輝いて、清く尊いもっと大事なものがある!!

それだけは何があっても忘れちゃいけない。


高校を辞めた当初もこんな言葉を吐いたが、あの時とは重みが違うものになったと思う。

今思えば「必要なことを必要に応じて必要なだけやる」ってことは結構難しかったかもしれない。
それが可能な環境に自分を持っていくために利己主義を貫き通した。
勝つってのはそういうもんだと思う。
おれを支えてくれた人、励ましてくれた人、夏期講習を途中でサボったこと、部屋を占領するほど溜まった参考書とプリント、2週間でインクが切れたボールペン。
それらすべてが第一志望に落ちていたなら、なんの意味もなしえないものになってたとおれは思う。
あーほんとにくだらなかったっと…。


思いのほか合格して涙を流すなんてことはなく、これから自分の好きな勉強を好きなだけ出来るってのが一番嬉しいかな。


それにしてもこのブログはいま読み返しても恥ずかしい。
1年後2年後のおれはこのブログを見たらどんな顔をするのだろうか。
今までは「消したい過去」は忘れることに集中していたが、その考えは変わった。
高校を中退し世間から蔑まれていた時おれは、輝き、尊敬され、人気があった時が「ほんとうの自分」だと考え、それを取り戻そうとした。
でも「ほんとうの自分」なんてありもしない幻想なんじゃないかな。
人生は点と点じゃなくて線と線で繋がっているからだ。
全ての線が繋がって自分となるからだ。
それに19年しか生きておらず、全てを知っていることもわかっていることもない自分の中身なんてからっぽだしな。
だから「今」を真剣に生きることが最善だと思う。

コメント欄では色んな人に励まされ、助言され、時には罵倒を浴びせられた。
それが俺の血肉となり、少しは成長することが出来たと思う。
今となっては良い思い出だ。
みんながいてくれなきゃここまで出来なかったとも思う。
ここまでこのブログを見れくれた人達全てに改めて感謝と敬意を示したい。


今まで俺に付き合ってくれて、本当にありがとう!!!


そんなブログもここでお終い。


ブログはここで終わるけど、人生は死ぬまで終わらない。


死ぬその時まで俺は 







人の熱を 






人の情を 






人の心を 





大切にしていきたい。