この道を真っ直ぐ行くともうお家
・・・と気を抜いていたら

 

 

前をカメが歩いていた(笑)

 

そんな昨日。

 

久々な友だちと電話で話した。

アップデートするだけで一時間(笑)

 

彼女とはヨーロッパに住んでいる時に出会い

もう15年のつきあいになる。

その時共通の友達だったメリッサが

乳がんで亡くなった、という報告を受けた。

ショックで言葉も出なかった。

 

メリッサは中国人。

でも若い頃に祖国を捨て

ヨーロッパに移住、

デザインの勉強をしてバリバリ働いていた。

 

知り合った頃は結婚していなかったが

メイちゃんという娘が一人いた。

 

メイちゃんは彼女の実の子ではなく

メリッサのお兄さんの子供だった。

お兄さんは離婚することになり

一人っ子政策が当時まだ続行中の中国では

子どもがいた場合再婚したときに

もう子どもが持てなくなってしまう、

という理由から

お兄さんも、その別れた奥さんも

ふたりともメイは要らない、と言ったそうだ…。

 

その話を聞いたメリッサは胸を痛め

メイちゃんを引き取ることを決め

ヨーロッパによんで

自分の子として育てることにした。

 

この話を聞いたときはかなりショックを受けた。

その時平太郎は4、5歳だったと思うが

その歳こそが、メイちゃんが引き取られた年齢だった。

もう意思の疎通もできて

たくさんのことを理解し

本当に本当に可愛い時期だ。

 

そんな子が、両親のどちらからも捨てられるなんて。

両親の未来のために。

 

 

初めこそ中国語しか話せなかったメイちゃんだけど

すごいスピードで言葉もマスターし

学校の成績もとてもよかった。

 

私がメリッサと知り合ったのはこの頃だった。

平太郎より3つ上のメイちゃんは

よく平太郎と遊んでくれて

写真もいっぱいある。

 

私たちは同じアパートメントに住んでいたので

よく一緒にご飯を食べたり

餃子の作り方を教えてもらったり

中国のサイテーな話とかを

面白おかしく聞かせてもらった。

 

そのアパートメントには

平太郎と同じクラスのライアンも住んでいて、

ライアンのママ、イバネッサとメリッサ、私は

すぐに仲良くなった。

 

私が『馬尾神経腫瘍』を患ったとき

 

 

 

初めは病名がわからず

『椎間板ヘルニア』で済まされていた。

その病名がわかって、悪性の可能性もある、という

診断が下りた時、

私はものすごく混乱してパニック状態だった。

ハイストリートを平太郎のお迎えに行くべく

歩いていた私は収まりきらない思考と

今にも爆発してしまいそうな感情を抱えていた。

 

そして前から歩いてきたのが

その後メリッサの夫となるジョージだった。

彼の顔を認めたとたん

私は泣き出してしまった。

オロオロしたジョージは

急いでメリッサに電話をして

仕事中だったにもかかわらず

すぐに駆けつけてくれた。

いつもの優しい声で『どうしたの!』と

私の背中をさすってくれた。

 

結局手術は成功、腫瘍も良性だった私は

メキメキ回復し、今に至る(笑)

 

そして2010年に日本に帰って来る前夜、

メリッサの家でお別れ会をしてくれた。

仲良かったメリッサ一家(もうジョージと結婚していた)、

イバネッサ一家、そしてうちの三家族。

どこも一人っ子の家族。

 

大人がお酒を飲んでいる間

子どもたち3人は仲良く遊んでいて

あの時の幸せな時間は今でもよく覚えている。

 

 

日本に帰って来て一年後

イバネッサの訃報が入った。

乳がんで亡くなった。

 

ライアンとずっと同じクラスだったこともあり

私たちは放課後ずっと一緒だった。

頭がよく、ユーモアがあり

誰からも愛されていたイバネッサ。

あまりにも長い時間を一緒に過ごしすぎて

本当に家族みたいになっていた。

 

平太郎なんて、朝起きてすぐに

シリアル食べにライアンちに行ってた・・・

ライアンはライアンで

よくうちでstrangeな夕飯を食べていた・・・

ライアンちとうちの区別がつかないくらい

一緒にいたんだなー。

 

お葬式には行けず、その一年後

平太郎と一緒にお墓参りに行った。

 

 

あれから10年。

今度はメリッサが逝ってしまった。

ジョージと結婚して幸せに暮らしている様子が

FBにupされていたのに。

 

西洋では、

神様は心の美しい人しか連れて行かない、という。

 

 

 

私がヨーロッパを離れた後

メリッサは随分苦労したらしい。

メイちゃんは思春期になり

メリッサへの反抗が始まり

自分の実の親を恨みメリッサを恨み。

 

その頃認知症になってしまった父に

毎日振り回されていた私は

みんなと疎遠になっていた。

 

だから詳しくはわからないのだが

メイちゃんはメリッサにはことごとく辛くあたったらしい。

学校でイジメもあったのではないか、ということだ。

 

すったもんだの挙句

ギャップイヤーのあと大学に進学し

離れて暮らしていた。

 

メリッサがかなり悪くなってから

メイちゃんは帰って来て

亡くなるまで献身的な看病をしたそうだ。

 

その3年前にはジョージと離婚していたが

ジョージは最期まで

メリッサの面倒を見ていたみたいだ。

 

 

 

帰国前夜、

3家族で過ごした楽しい、本当に楽しい思い出。

翌日空港でバイバイする彼女たち。

 

結局あれが最期になってしまった。

 

(イバネッサのお墓参りに行ったとき

メリッサはホリデーに行ってて会えなかった・・・)

 

父の認知症や平太郎のゴタゴタで

随分不義理をしてしまっていた。

メリッサにはあんなに良くしてもらってたのに。

 

昨日は眠れなかった。

 

長々と書いてしまったが

やっぱりとっても辛いし悲しいしショックだ。

 

出来るものならもう一度会いたい。

 

ちょっとだけ、カメ見に行こうかな。

 

image

 

いつも同じこのカメがいるところに行ってみよう。

この子の名前は、チキチータ照れ

 

 

RIP。