自転車おいさんのブログ

自転車おいさんのブログ

どんこんならん、おいさんです。趣味は自転車に乗って走ってラーメンぐるめ。

無類のラーメン好きですが、ラーメン屋に行った際に、げんなりとする場面があります。

食べている途中で鼻をかんだ人が、そのちり紙を食べ終わった食器の中に突っ込んで、「ごっつぉーさん」と出ていくことです。

おい、ちょっと、まってよ、それ気持ち悪いだろう。

 

そういう人は決まって食器を重ねて去ります。

店員さんが下げやすいようにしていることが多いような気がします。

そして最後にまたテーブルの汚れをティッシュで拭いて食器の中に入れたりもする。

 

気をつかっているのだと思います。ただ・・・。

そのあんたの鼻水のついた紙、汚くないですか?

店の人が食器を洗剤で洗うのだから、と思っているのかもしれませんが、その食器で食べているかもしれないと思うととっても気持ち悪いのです。

 

つい先日もそうでした。

郊外の大きなお店。久々に行ったラーメン屋さんでした。

近くのテーブルにいた60代ぐらいのおじさんが、途中で大きなくしゃみをしました。

「うぉっ、へっくちー」

そのときかなりの鼻が出たのでしょう。

今度は「ぶぶ、ぐじゅぐずずー」と大きな音で鼻をかみました。

紙から鼻水があふれたようです。もう一枚ティッシュを出して、指を拭きました。

そして、まとめて食器の中に押し込んで・・・。

うわー、きちゃない。

ずっとその様子を観察していた自分のことも嫌になる。

 

ほかの店でもよくみかけます。

カレー屋さんとかでも。

鼻かんで、お皿にポイ。

飲食店の店員にならなくてよかった。

絶対、ひとこと言います。「鼻紙ぐらい自分で持って帰ってね」と。

あーもう、気持ち悪い。

 

鼻をかむのは構いません。

そのティッシュ、バッグにつめてお持ち帰りください。

 

 

 

高校時代、そして社会人になってからも、大変お世話になったラグビーの山口良治さんがなくなった。

83歳だった。

 

「泣き虫先生」と呼ばれていた。

試合に勝っては泣き、負けても泣き、教え子を叱りながら泣いていた。

実際の涙を見たことがある。

 

1980年春、高校日本代表でオーストラリア遠征に行った時だ。

緊張の第1戦を勝利で飾り、第2戦を迎えた。

その試合、FWの一員として出場した。ラグビーは格闘技でもある。ぶつかり合いを何度かやるうちになんとなく相手の実力のほどが分かるものだ。

はっきりと「ちょろい」と思った。第1戦のような厳しさを感じられなかった。みんなもそうだった。

なんとなく試合をし、ミスもありながらも、大差で勝った。

 

雑談をしながらロッカー室に戻ると山口良治が「集まろう」と静かに言った。

ご苦労さんとでもいうのかと思ったら「お前たちは、はずかしくないのか」と言い始めた。

顔をあげてみると、もう両目から涙を流していた。

声を震わせ、「俺は悔しい」と続けた。

「お前たちは、国を代表してここで戦っているんだ。全国の高校生の代表なんだ。こんな試合をして恥ずかしくないのか。相手がどうであれ、常に自分たちの全力を出し切ること。それができないんだったら、このツアーをやめよう」

おおげさではなく、涙をぼたぼた、流していた。

伏見工業のメンバーは平尾誠二を含めて4人いて、彼らは慣れた感じだったのだろうが、ほかのメンバーはその姿に呆然とした。

 

大学を卒業し、何度か試合会場などで会った。

そのたびに笑顔だった。

 

最後に会ったのは、おそらく向井ジャパンがワールドカップに出発する前に東京都庁の最上階で催された壮行会だったと記憶している。平尾は前任監督の立場で出席していて、代表監督時代とはまったく違って気楽な立場で笑顔でいた。

その平尾が私を見つけ、「山口先生、来とんで。あいさつ行こう」といって引っ張った。

「先生、山口先生!」。山口さんのことを平尾は最後まで先生と呼んでいた。

 

「こいつ、ほら覚えとるでしょ、おいさんですよ」

山口良治は一瞬で思い出してくれたようで

「おお、フランカー、久々やなあ」

平尾はカメラを持っていた。「先生、ほな3人で写真撮ろう」

そういうと、会場のスタッフにカメラを渡し、写真をとった。

 

山口先生と平尾、まんなかにおいさん。

あの写真、平尾からもらうのを忘れた。それがすごく心残りだ。

平尾はもう10年前に死んだ、山口先生も亡くなった。

だんだんだんだん、知り合いがなくなっていく。

そういえば、つい先日、三洋電機を強豪に育て上げた宮地克美さんもなくなった。彼もまた、好人物だった。

いろいろな思い出とともに、心の中のスターたちが次々とこの世から去っていく。

 

 

 

 

 

 

きのう、散髪屋さんに行った。

で、いつも僕の髪を切ってくれている店長が「あれっ」とハサミを止めた。

 

「エンダツですか?」

 

なんのことか一瞬わからなかったが、このところちょっと引っかかっていたことだった。

円形脱毛症。

鏡ではよく見えなかったのだが、頭の左の斜め前あたりの髪が空いているように感じていた。

どうも10円玉よりもちょっと大きめの部分が「はげ」ているようだ。

 

「いつからですか?」

と店長が聞くので「1週間前ぐらいからなんとなく違和感があったなあ」と答える。

「こないだ来たお客さんも初めて円形脱毛症になったっていってました」と店長。

「あーそうですか」とおいさん。

 

「結構、そういう人いるんですか?」と聞くと、「まあ、そんなにはいませんが、ときどきいます」と答える。

「治るんですかねえ?」と聞くと、「人によりますが、中には脱毛部分が2か所、3か所と増える人もいるようです。全体の髪の毛がなくなった方もいるようです」と答える店長。

なんと不気味なことを言うんだ。ついつい想像してみた。「ひえー」である。

まあ、この店長、脳梗塞で一度は死にかけているから、ハゲぐらいはかわいいもんだと思っている節がある。

まあ、僕の父は40前にすでにハゲていたらしいし、それに比べれば何のことないか。

 

で、きょう。髪を短く切ったので、円形がちょっと目立つ。なので、いつもとは分け目を変えて、なんとか隠しながら仕事先に行った。仕事中もなんどか髪を触りながら押さえて押さえて気づかれないようにした。しめしめ。きょうは何とか乗り切ったようだ。

 

ただ、明日からまた戦いは続く。ハゲ部分に育毛剤をふりかけたが、たぶん、はげたのはそういうことではない心理的なことなどがあるのだろうから、効かないんだろうとは思う。でもふりかける。しょうがない。

ハゲおいさんのカバー画像

ああ、ハゲはいやだ。そう思いながら乗った帰りの電車。結構混んでいた。見ると、結構いる。あそこにもハゲ、そこの座席に座っている人もハゲ、ここにもハゲ、ホームにもハゲ。

みんな元気に生きている。なんか、親近感と勇気がわいてきた。

 

 

 

 

 

 

 

春菊が咲きました。

食用にベランダで育てていたものです。

これがなかなかかわいい。

 

ついでといってはなんですが、小松菜もそのすぐ横で花を咲かせています。

こちらはもう、菜の花です。

黄色は春の色、楽しくて幸せの色ですねえ。

自転車おいさんですが、冬は寒いので自転車に乗りません。春、暖かくなっても、花粉症がひどいので、自転車には乗りません。ようやく、4月になって、花粉の主体がスギからヒノキになったくらいから活動開始です。

 

4月17日、久々の平日の休み。今年初の自転車です。

乗る前にまずは点検です。ブレーキ、タイヤの空気圧、それにガタつきがないかどうか。

乗ってなかったのに、全然問題ありません。チェーンに油をちょっと差して出かけました。

 

道路交通法による自転車の走行違反に対する青切符導入がはじまりました。

日ごろ、ながら運転をしない、車道の左端通行を遵守するなど、ルールを守っているつもりのおいさんですが、この時期は気をつけないといけません。

制度を浸透させるために警察などが目を光らせているからです。

ルール順守をうたっているおいさんも、実は違反していることがいくらでもあります。

とくに信号のないような小さな交差点の2段階右折などやったことはありません。

なので、注意しながらの久々の自転車のりでした。

 

選んだのは江戸川のサイクリングロード。

もう完全に春です。というよりも初夏でしょうか。

ポニーランドの馬ものんびりしています。

自転車で走っていると、白い綿毛がふわふわと飛んできます。

西洋タンポポの種でしょうね。

土手の草は深い緑色になってきました。なにやら雑草を収穫しているようなおばあさんたちがいました。なんの植物かわかりませんが、根本が赤い、ほうれん草を大型化したような草です。丁寧に刈っていたので、動物のえさとかではなく、おそらく自分たちで食べるんでしょう。

 

鳥の声も聞けました。ひばりです。中空にとどまってピーチクないています。

昔はこの声を聞くと、すぐにひばりの姿を見つけることができました。いまは、ダメです。

目がずいぶん悪くなったようです。それとも耳が悪くて方向確認ができないのか。

数羽の鳴き声をききましたが、結局、ひとつも確認できないまま。

あー、年とるのやだなあ。

 

江戸川をさかのぼって葛飾へ。帝釈天でお参りして、水元公園に。こちらもすっかり夏です。

気持ちいい風が吹いていました。つがいのカモが池に浮いていました。

この公園、植樹がとてもすばらしい。

森の中のベンチに座って上をみあげると、なんか、心が落ち着きます。

うーん。やっぱり自転車散歩いいですねえ。

花粉あけのさわやかさ。

このまま、この季節だったらなあ。

このところ四季から夏と冬の二季化。

またすぐに猛暑の夏がやってきます。

暑い夏が来ると自転車に乗れなくなる。いまのうちに楽しんでおこう。

自転車をこぐ体力がなくなるのも、そんなに遠い未来ではないだろうからなあ。

まあ、休み休みで85歳ぐらいまではこいでいるつもりですが・・・。

 

 

 

 

 63歳かとあらためて感じさせられます。1年がどんどん早くなっているような気がします。2025年も大晦日を迎えました。

 

 一年を振り返る日ですが、特に大きな事件もなく、過ぎていきました。手帳をみかえすと、2月に飲み会をやっています。大分の高校の同級生の4人と銀座で。その2日後には同じメンバーで千葉でゴルフ。このうち一人は4月にUターンしました。母親の介護が理由でした。もう一人もまもなくUターン予定です。だんだん寂しくなってきます。

 同じ月に葛西の地下鉄博物館に行っています。特に鉄道に興味をもっているわけでもなく、近くて行きやすい場所ということでしょう。なんとなく行き場のない老人感が出ている訪問先です。

 3月下旬の休みの日、飲食店の名前と幕張イオンと行先だけを書いています。「ソフトクリームを食べた」とあります。この日のメーンの行事はそれだったようです。

 4月には孫を一日、預かっていました。初めての経験でこれは楽しかった。回転ずしを食べに行って、近くにできた地域コミュニティーセンターのようなところに行って遊んだ。じーさん、ばーさんであることを実感した日でもありました。その数日後にも後楽園の遊び場にも行きました。13日は大阪万博開幕と書いています。29日はお休みだったので自転車で出かけましたが、途中でパンク。家から4キロほどの距離でしたので、押しながら、そのまま来た道を戻りました。4月はいろいろあったようです。

 5月のゴールデンウィークは山形に行っています。甥っ子夫婦とサッカーのトリニータの応援がメインの目的でしたが、試合の記憶はほとんどありません。食べて飲んでで終わったような。馬場のぼる展をやっていたので妻と一緒に入ったことが一番の記憶に残っています。

 7月「農道に車、警察通報」とメモ書きがありますが、なんのことかわかりません。

 8月中旬、「虫が目に入る、イタイ、クサイ」と書いています。自転車で走行中にカメムシのような甲虫が目の中に飛び込んできました。その虫を取り除き、急いで公園を探して水で洗い流しましたが、目は腫れあがり、しばらくは見えないまま。失明の危機を感じた出来事でした。自転車に乗るときは必ずサングラスをつけるようにしているのに、この日はそれに気づいてたのに「まあ、いいか」とそのまま乗ってしまった。反省の一日となりました。

 8月下旬「昼は三越、松屋ウオーク」と書いています。職場が有楽町なので、昼の散歩はもっぱら銀座です。冷房の効いたデパートで散歩していたようです。

 9月上旬は皆既月食。未明にずっと空をみてたようです。

 10月は甥っ子の子供、うまれたての赤ちゃんと初対面。ひさしぶりに感動。下旬には松戸での南こうせつさんのコンサートに行っています。その内容よりも、帰りに立ち寄ったお好み焼き屋さんの時代がとまったかのような気配が印象に残った一日だった。

 11月「夜むし野菜」と書いています。妻がせいろ蒸しの料理にはまり、いろいろと作ってくれた一年でした。素材の持ち味を生かし、味はいいし、健康的。いろいろと今年の出来事を書いてきたけど、これが一番よかったことかなあ。

 12月はあと1日。まあ、無事に終わってくれたら、それでいいかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬の朝、空をみあげるととてもきれいです。

西の空に月がでているとさらにいい。

鳥が編隊を組んで飛んできました。

 

 

ねぐらからみなさん一緒に食事に向かうのでしょう。

カワウです。

近くの営巣地では木々が糞まみれになって枯死しかけています。

悪臭がたちこめています。

評判の悪い鳥ですが、こうして飛んでいると、なにか詩的でもあります。

そろそろ冬に向かう時期ですが、気持ちのいい天気の日もあります。

そんな日は屋外での昼食&昼寝です。

職場が有楽町で、お昼ごはんの時間は1時間あります。

どこで食べようか。いつも悩むのですが、そんなときは皇居前の広場まで歩いていきます。

 

もっていくのは、スーパー(いつも安いOK銀座店)で購入したお弁当。

それと、キティちゃん柄のレジャーシート。

 

速足で歩いても10分以上かかります。到着すると、さっそく芝生広場の中にレジャーシートを広げます。畳一畳ほどの広さ。

靴を脱いで上がると、とても気持ちいい。

弁当を広げる瞬間はちょっとしたピクニック気分です。

 

お弁当は大体500円以内。量は少ないですが、60歳超のおいさんには十分です。

ほんの5分ほどで食べ終えます。

そこからごろんと横になって空を見上げます。

東京の真ん中でも青空はとてもきれいです。

ときに鳥が飛んできます。上空を飛行機が飛んでいくときもあります。

こんなに気持ちのいい空間なのに、あまり人はいません。

見渡す限り、外国人旅行者ばかりです。

 

東京で自然を感じるのんびりとした時間です。

横になって、ぼーっとして約20分間ほど。

午後の仕事に向けてのいい気分転換になっています。

寒くなったらどうしようかなあ。

 

 

 

 

この間、銀座の地下道でかっこ悪いおじさんをみました。

見た目では60歳前後です。

軽装でした。バッグを肩から下げて、おいさんの3mほど前を歩いていました。

 

足取りは軽快です。

歩いている人の間をすり抜けながら歩いていきます。

おいさんも、おじさんのすぐうしろについて歩いていました。

 

銀座の地下には、いろんな人がいます。

若者はほぼ全員がスマホを見ながら歩いています。

前を見ていないので、急に人を避けたり、斜行したり。

そのたびにぶつかりそうになります。

 

外国人は大きなスーツケースで通路をふさいだりします。

太った夫婦が並んでのろのろと歩いています。

 

進路を妨げられるたびにおじさんは首をかしげ、左右に振ります。

足運びのリズムを変えたくないのか、歩幅を短くしたり、振り上げた足を着地させないで空中でぶらぶらさせたり。

その様子から、いらいらが伝わります。

 

「あらら、いらいらして、かっこ悪いなあ」

と思いましたが、なんか、いつも自分がやっていることと同じです。

 

前を歩いているおじさんは、多分心の中で思っているんでしょう。

「スマホ歩きするな! 何を見ているんだ。はっ? 漫画、動画、LINE。いま見なくてはいけないのか? 通路を塞ぐな。いつもたらたら歩いているからそんなに太っているんだよ。大きな荷物を運ぶんなら通勤時間はさけてよ。配慮しようよ」

 

おいさんは、そんな風には思ってないけどね。

ゴールドカードをやめることにした。

25年ぐらい使ってきたが、年会費が妻の家族カードを含めて11000円。

さすがに高いだろう。

メリットは、ポイントを集めてキリンビールの本麒麟を箱で取り寄せることだったが、まあそれもたいしたこともない。

 

このカードは海外旅行の際にいろいろと補償もあり、信用が高い、というのが売りだった。

一度だけパリの地下鉄でおばさんスリにあったことがある。

満員でもないのに押してくるおばさん。

リュックの中から財布だけが盗まれた。

クレジットカードですぐに10万円ほどの買い物をされた。

その際もカード会社の対応よく、補償してくれた。

といってもそれだけだった。

 

もう海外にも10年以上行ってない。

「やめよかな」

で、カード会社に電話した。

 

「カードの退会をしたいんですが」

というと

「はい、かしこまりました。ではお客様のカード番号からお願いします」

女性の対応はとても明るい。

一連の情報を伝え終わると女性がまた明るく言った。

「以上です。なにかご不明の点はございますか」

「いえ、特にありません」と答えると、「それではお電話ありがとうございました」で終わってしまった。

 

まあ、いいんですけど・・・。

これまで30年以上ゴールドカード使ってきて、親しみもあった。やめるときも悩んで・・・。

結構な金額使ってきた。その額は積み重ねればかなりの額だ。

毎年年会費も払ってきて、最後の最後に「長年、ご利用ありがとうございました」の一言もないんかい。

それだけではない。

やめようというんだから、ちょっと引き留めてみるとか、理由を聞くとか、そういうのもないんかい。

理由でも聞いてくれれば「私もすごく悩みました。ずっと人生をともにしてきたカードですし。でもちょっと会費が高く、60歳すぎて海外にも行かなくなったし、泣く泣く、ですね」とか言えたのですが・・・。

 

まあ、電話に出ている人もおそらくクレジットカード会社の人でもないオペレーターでしょうし、カードに愛着なんてないんでしょう。

「よけいなことを言わないように」というマニュアル通りの対応かも知れません。

 

メーンのクレジットカードは近所のスーパーのカードになります。

ちょっと出すのが恥ずかしいけど、ポイントいっぱい貯めて海外旅行でも行くか。