川でロード乗りながらおっぱいおっぱい言ってたらおっさんに抜かされる

講師、自分の板書と俺らを写メ

講師、寒がり

講師、訳を見てフェラチオされてるみたいな声出す

講師、プリント配ってる時に「うぇ~」と小島よしお

子供が漫画40冊近く買うもダブりまくってて結局全部で4巻まで
笑いには色んなパターンがあると思う。
切ない、フレーズ、有り得ない、一周回って、裏切り、映像、くだらない、引用、指摘…。
まだまだ見つかって無いのはたくさんある。

全ての共通点。それは“突っ込み”

笑いは突っ込みだと思う。
一見何も無さそうなモノを突っ込みによって面白くなったりする。
突っ込みの技術を上げれば笑いの技術は上がる。

そうすると、例え突っ込み、あるある、うまいこと(なぞかけなど)とかは笑いじゃない。
なぜならあれは突っ込みじゃなくて“共感”又は“感銘”だからだ。
金取ってやるものではない。

こんなの当たり前かもしれないが真理とは一見当たり前である。
ネタとしてはつまんないけど、なんかこの漫才面白い。そんな漫才はあるのだろうか。
ネタの面白さと演者の演じ方による面白さはどのくらいの比率なのだろうか。
演者によってネタの面白さは変わってくるのか。
結局漫才はネタが全てなのか。


僕の今の結論は、ネタが全てだと思う。
結局、ネタが面白ければどんなにつまんなく演じても面白い。ていうかつまんなく演じるってどんな演じ方だよ。


漫才はネタ99%、演じ方1%。


当たり前のようだけど。
演じ方は稽古すれば誰でもやれるけど、ネタは難しい。