春歌上


1. (ふる年に春たちける日よめる)

 年の内に春は来にけり ひととせを去年(こぞ)とやいはん ことしとやいはむ

     在原元方


(今の立春は2月入ってから。だがこの歌では、『12月中に立春が来た』)


立春は『年(季節)』の始まり。まだ新しい年になってもいないのに、もう新しい区切りの春が来た……んだ! あれー!? いや、嬉しいけどね! でも、以前(半年以上前にやった)楽しんだ花見を来年と言うんだろ? でもまだ花も咲いていないから、今年の花見は楽しかったね、と言っていいんだろうか。去年? 今年? うーん、ややっこしい、とりあえず新しい春が来たんだ! まだ年も越してもないけどね。でも春が来たんだ。心が弾む春が来たんだよ! うふふー!



「年内に早くも春がやってきたよ。今までの一年を今日からどう呼んだらよいのか。去年と言おうか、今年と言おうか。」

@笠間文庫 古今和歌集 片桐洋一



「この年のうちに この同じ1年を、去年と言おうか、今年と言おうか。たとえば9月の話をするのに、去年の九月と言おうか、今年の九月の話をいおうか、という心持。待望の春を迎えた喜びの中でふと気づいたこと。そこまでは気が付かなかったと人々もほほえむ明るい当惑。」

@岩波書店 日本古典文学大系 古今和歌集 佐伯梅友 校注


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2. (春たちける日よめる)

  袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらむ

    紀貫之


(よく分からんけど、とりあえず、『春になった日に読む』! 新しい年になった日に読んじゃうよーってことかなぁ)


あーんなに冷たかったのに、春(立春。新しい年)になった途端に溶けちゃった。冬にはあんなに他人を拒絶するような、頑なだったから私の袖も濡らす事もなく、すくってしまう事も出来なかったのにね。

春が来た所為で解けたーってことなら、何も拒絶する事もないはずだろ。だから袖をわざと捲くらずに、すくってみよう。水が滴ってしまえば、春のせいで『解かされた』ってことだろ? 袖が濡れそぼってしまった分だけ、許したってことだ。……それを言い訳にしてもいいんだよ。


「暑いさなか、袖が濡れんばかりにして手ですくった、あの山の清水が冬には凍っていたのを、今日、この立春の風が解かしていることだろうよ」

@笠間文庫 古今和歌集 片桐洋一


「袖がぬれるという状態で手にすくった水。夏のころの山の井などの回想だろう。立春のきょうの風がとかしているだろうか。多分とかしているだろう、という気持ち」

@笠間文庫 古今和歌集 片桐洋一