喉鳴。 楽しい仲間とうまいビールの話
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第9宴 大瓶がある居酒屋では真剣勝負

自分は似たような境遇の人と真剣に話をするときは大抵、大瓶のある居酒屋で飲んでいる。

東京の片隅で仕事をせっせとがんばり、外食は控え自炊男子になりかけている自分も、
「今日は飲みたい、ってか飲んじゃうぞ!バーロー!」となるときは度々ある。

今住んでいる街は都心ではあるが、夜はかなり静かな所である。
そういった街の中でも自分と同じように、度々「飲んじゃうぞバーロー」的な人々が生息し、無論、同じような志しを持った人々が集まり、いざ居酒屋へ。となるのである。

自分のまわりがたまたまそうなのか、そういった人たちは押し並べて面白い職業を営んでいる。

カメラマン、ニットアーティスト、美容師、ガソリンスタンド店員・・・・等々、

なにか共通点があると言ったら、「安く飲みたい」と考えている人ばかりだ。

そんな僕たち庶民の味方になってくれる居酒屋が「おおたる 」である。

最近居酒屋ではビールを瓶で頼めるところは少なくなってきているように思える。

特に「大瓶」にお目にかかれる機会なんて、もはや自販機で「メローイエロー」を見かけるくらい希少に感じる。

それがわが街の「おおたる」には存在するのだ。

そもそも大瓶とはなんぞや。

ビールには大瓶、中瓶、小瓶が存在し、その要領はそれぞれ633ml、500ml、334mlとなっている。

大瓶と小瓶がこの中途半端な量になったのは、大正時代のビールに課せられる税の関係でこうなったらしい。

大瓶は中瓶より、133mlも多い。

これがおおたるでは390円で提供されるのだ。お得な気がする。

何故か?
その存在感がたまらない。

大瓶を頼んで、一人で飲む人は相当寂しさを感じるに違いない。

そう、大瓶は注ぎあいをするには大変適した大きさなのだ。

まずは大瓶を頼んでお互いのグラスにビールを「まぁまぁ」とかいいながら注ぎあってからのカンパイは、
いつも飲んでいるビールにさらにお疲れ様という相手をねぎらう気持ちが込められた理想的な形になっている。

大瓶は実際には容量は飛びぬけて多くないが、たくさん飲んだ気になる。

何せ「大瓶」というくらいだ。瓶ビールの王様なのだ。

そんなものを何本も空けるなど僕たち庶民にとっては畏れ多い。

ちょうど良くほろ酔い状態を作ることができるのも大瓶の魅力だ。

自然と注ぎつ、注がれつという状況が出来ると、割と真剣な話もきちんと出来る。

昔、友達とキャッチボールをしていたことを思い出す。

そう、ビールの注ぎあいはキャッチボールなのだ。

僕たちはテンションの上がってきたところでグラスのビールを一気にグーッと飲み干す。

それに対して「まぁ、落ち着きなさいよ。」とビールを注いだり、

「おれも、飲む!がんばる!!」などとグラスを空けたりするわけである。

とにかくこういった意味でビールの大瓶を取り巻く環境は、

タダシク、タノシク、ツツマシク。

庶民の僕らの味方なのである。

条件は以下、

一、 居酒屋にいって「大瓶」の文字を見たら、一人で行っていない限りはすかさず頼むこと。

一、 大瓶を頼んだら、必ず手酌はしない、させない。注ぎあいを心がけること。

一、 分をわきまえ、大瓶に入ったビールを愛でながら、しかしいざというときはグーッと飲み干すこと。


大瓶のラベルは昔ながらのデザインのものが多い。

そういうものを見ると、ノスタルジックな気持ちに胸がじゅわっとなる。

そんな大瓶に頻繁に頬ずりしたくなるが、

周りの視線が気になるのでやめてしまう僕はまだシラフである。




第8宴 小瓶の魔力

自分が初めて小瓶のビールを注文したのは、まぎれもなく下北沢の喫茶店であった。

僕はビールは一番おいしいのは生であると思っているが、誰かとじっくり話したいときには瓶ビールのほうがよいと思っている。

お酒の酌をする。

という行為は大変分かりやすく相手に対しての好意を表現することであり、
イッキコールという無粋なものとは違い、つつましい日本人の性格を体現するスバラシイ文化なのである。



お酒を注ぐとなるとやはり缶より瓶のほうが持った時の重さ、形状、座りの良さなどが一枚上手だろう。

僕も小さい頃は麦茶にサイダーを注いだものを、空き瓶に入れ、家に遊びに来た友達と、

「まぁまぁまぁ、ここはひとつ。」

「いやいやいや、どーもどーもどーも。」

などと、大人ごっこをしていたものだった。

それだけお酒を注ぐ注がれるという行為は、周りでみていて面白いものであり、
それをしている本人たちも楽しい。

なんと素晴らしい、酌の魔力!!



一~二週間に一度は行く喫茶店でSOBEI という喫茶店がある。

僕が生まれるよりも前に下北沢にあるらしく、カウンターだけのその店では古き良き昭和の雰囲気を浴びるように満喫できる。

僕は喫茶店というものは、話をしに行くところだと思っている。

何かを話すと決めていくことはほとんどない。

ただちょっと落ち着きたくなったとか、少し自分の気持ちをリセットしたくなったときに、
ぼんやり行ってみようと思える場所が喫茶店なのだ。

そこのカウンターに立つ人たちは押し並べて聞き上手。

僕が行くとかならず、「今日もビール?」と聞いて、奥から冷えた黒ラベルの小瓶を持ってきてくれる。

カウンター越しにグラスにビールを注ぎながら、最近はどう?というような話題を振ってくれる。

そういうやりとりが多分そこの店では何十年も行われているのだろう。

ゆっくり話をしながら飲むその小瓶のビールはキリッと冷えていておいしい。


会話途中で、思い出したかのようにビールのグラスをキュっとのみ、

それにまたビールを注いでもらい、またゆっくり話す。

少し苦い黒ラベルの味は、あぁ自分もこうやってビールを注いでもらえる年齢になったのだなぁ。と

いまさらながら少し背伸びした気持ちになってしまう。


気づくと瓶は二本目に突入。時計の針もいつの間かおもったよりもすすんでいる。

サービスというような簡単な言葉ではとても説明できない、まるで「おかえり」と言ってくれているようなビールを注がれにまたついつい下北へ向かってしまうのである。

そんな風になる条件は以下、

一、ビールを注ぐときには心をこめて注ぐこと。また受ける側も感謝の気持ちをきちんと態度に出すこと。

一、注がれたグラスのビールを挟みながら、たがいの気持ちも酌んで会話を楽しむこと。

一、やはりそのビールは瓶であること。


ちなみにそこのメインメニューはスパゲティ。

味、量ともに腹ペコの男子でもおなかを満たしてくれるこれまた気持ちのこもったモノである。

んー。おなかが鳴る。


第7宴 下戸の杜氏が認めたビール

自分が初めてビールを味わうことを覚えたのはおじいちゃんに対する絶対的信頼からだった。

自分の父方の親戚は関西でも酒造りで有名な土地に住んでいる。冬の雪が降っている農閑期には酒蔵にこもって酒を作る。いわゆる杜氏の里と言われる所である。



おじいちゃんは昔から勉強熱心で豪快な人であった。

軽トラに僕たちをのっけて、「おじいちゃんはお酒で日本をすくったんやで。」と、

いつも戦後に国が貯めすぎた余剰米をうまい酒に変えたことを自慢していた。

結構、有名な酒メーカーの杜氏であることは知っていたが、

TVCMでマス酒をぐーーーっとやった後にニカッと笑っていた時はさすがに小学生だった僕もビビったもんだ。



そんな感じだったから、夏休みに遊びに行くと、とにかく大人はみんなお酒を飲む。

とりあえず関西の親戚は大勢来たら鉄板を囲むという印象が強い。

多分かなり良いと思われる肉をガーッと焼き、

焼けたものからどんどん容赦なく自分の皿に放り込まれる。

そして大人たちがその肉をぐーっとビールで流しこんでいる様は、
そりゃ子供からみてもおいしそうだなぁーっと思ったもんだった。


そんな僕も大人になり、親父と一緒にビールを飲んでいた時だ。

なぜかいつも実家に帰るとビールはキリンの一番搾りであることに気付いた。
その理由を親父に聞くと、

父「おじいちゃんがこれが一番やゆーてるからまちがいないやろ。」

自分「なるほど、お酒が大好きなおじいちゃんが言うなら間違いないね。」

父「あんな、おじいちゃん、実は酒あんま飲めへんねんでw」

えっw


これは本当に最近知ったことだが、杜氏という仕事はお酒の品質を保つ品質監督者らしい。
そこでもちろんお酒の味もみるのだが、

味を見るときにはお酒は口に含むだけで、そのあとはうがいみたいに吐き出すらしい。

おじいちゃんは、普段からそんなにガツガツ酒を飲むタイプではなく、
ビールは特に飲まないらしいのだ。

そう考えると本当に職人というのは凄いと思った。

お酒をそんなにたくさん飲めるわけでもないおじいちゃんは、

お酒を「利く」のが一流だというのは、やはりそこに仕事に対するプライドを感じるのだ。


「そんなおじいちゃんがうまい言うとるくらいだから、一番搾りは間違いないと思うわ。」


喉にぐいぐい流し込むビールもいいが、
たまにはその味を味わって、舌に覚えさせてもいい。

ビールを舌で味わう条件は以下、

一、 ジョッキをグラスに持ち替え、ちゃんと泡が立つように注いでから飲むこと。

一、 人それぞれ味覚は違うので、他の人の意見も尊重すること。

一、 おいしい酒の肴を用意して、大勢で楽しく飲むこと。



おじいちゃんは、お酒の味に対しては辛口だ。

先日行われた妹の結婚式の披露宴の時に出された日本酒を口に含んで一言。

「こりゃ、あかんわぁ!!」

そんなおじいちゃんが大好きだ。