先日、鎌倉に行ってきました。
山の緑がとてもきれいで、遠くまで広がる庭園を見渡しながら頂く昼食は、まさに五感で味わう心に残る味でした。
その後、お参りをして、おみくじをひいたのですが、そこにとても素敵な言葉が綴られていたので、書いてみたいと思います。
・・・一生の頼りになるものは信念である。花や紅葉に特有の色がある様に信念にも人によってそれぞれの分(ぶ)がある。不動のものを掴みなさい。松の緑の様に他から仰がれる様になる。・・・
信念の大切さ。
深く頷ける言葉でした。
私の信念は、きれいに生きるということです。言葉で表すと大げさになってしまいますが。
大多数がどうであれ、自分の信念を守り、流されずに生きたい。
最近は、なんだか世の中に絶望したりもして、相手によって、優しさを使い分けようかとも考えたりもしました。
ひどいことをした人をどうしてもなかなか許せなくて、憎んだり、恨んだり。
でも、そんな風に自分の時間を使っても、無駄な気がしました。
やっぱり、悪いことを考えたり、悪いことをしたりすると、嫌なことが起こったりして。
結局、自分のしたことは自分で償う仕組みになっている気がしました。
仮に自分に何も起こらなくても、子孫に何かが起きたりというような話も聞きますが、そうだとしたらなおさら、信念を大切に生きようと思います。
徳を積むという言葉がありますが、そういうことが大切なのだと改めて感じています。
誰も見ていなくても、自分のためにも、家族や子孫のためにも、天に向かって唾を吐くような生き方はしないようにしていこうと思います。
とはいえ、揺らいだりすることもたくさんあって、きちんと守りぬくということは本当に難しいことです。
流れに逆らって生きるのはエネルギーがいります。
でも、100人敵がいても、守るべき人がいたら流されずに守り抜く。
最期までそうありたいと強く思います。
今、辛い状況の方にも、寄り添ってくれる誰かとの出会いが必ずありますように。
世の中には様々な価値観を持っている人がたくさんいます。
だからきっと、あなたと同じ考えをもち、賛同してくれる人も必ず存在していると思うのです。
自分ひとりと思わず、どうか望みを捨てないでください。
心の中ではあなたに賛同しているけれど、勇気がなくて表には出せない人もいると思います。
表面ではわからなくても、味方がいる事もあると思うし、身近に見つからなくても、同じ考えを持つ人が必ず世の中に存在しているはずです。
多数派でなくても、少数派でも、自分の信じた道をいけばそれでいいのだと思います。
多数でも汚いことをすれば、意味がありません。
周りに協調することと流されることは違う。
恐れるべきは、周囲の人間の圧力よりも、流されて天に唾を吐くことなのだと感じています。
今、困っている方へ。あたたかい手を差し伸べてくれる人との出会い、安らぎの時が訪れますように。
どうか一人で絶望してしまわないでください。
心から願って。